第34話 日はどっちに沈む①

文字数 1,099文字

 鷲宮守親(わしみやもりちか)は灰色の目をしていた。
 ベッドの上に横たわり、無機質なコンクリートのような目で天井を見上げている。

 意外と小柄な老人だ。
 正語(しょうご)が公民館で見た守親の銅像は4メートル近かった。
 力強く前を見据える堂々たる銅像と、今、正語が目にしている実際の守親とは、およそかけ離れている。

「お父さん、岩田さんが亡くなりましたよ」

 と高太郎(こうたろう)が守親の耳元で言った。

「喪主は真理子くんにやってもらいます」

 高太郎の言葉に守親は、何の反応もしなかった。

 ベッドの反対側からは(みやび)が、「寂しくなるね」と守親の手をさする。

「葬儀の打ち合わせに瑞散寺(ずいさんじ)の和尚が来るよ。(ひで)さんも来ると思うから、この部屋でガンちゃんの思い出話をしようよ。酒と料理、運ぶからね」

 雅が言うと守親は微かに顔を動かした。
 雅に向かってうなずいたように見える。

 ベッドから離れた高太郎は、鷲宮久仁子(わしみやくにこ)の肖像画に手をかけた。

「この絵、動かしたんですか」と高太郎は絵を外す。「いつでも父さんの目に入る場所にかけて下さい」

「その絵、好きじゃないみたいだよ」

 雅の言葉を無視して、高太郎は蛙そっくりな顔の女の絵を守親から見える場所に掛け直した。

「お父さん、あなたが大好きだった妹の絵ですよ。いつまでもずっと見ていたいですよね」
 
 ベッド上の守親は、目を閉じた。

 正語はこれらのやり取りをじっと観察していた。
 目を閉じた守親の手を、雅が大丈夫だよというように、強く握ったりさすったりしているのも見ていた。

「こっちの人はね、九我(くが)ちゃんだよ」と雅が正語を守親に紹介した。「真理ちゃんの婿さんに、いいと思わない?」

 守親は目を開けた。ゆっくりと正語に顔を向ける。
 正語は守親に頭を下げた。

「東京から来ました、九我正語(くがしょうご)です」

 正語が名乗った途端、守親がうめき声を上げた。ぎくしゃくと布団から手を出して、正語に向かって拝むような仕草をする。

 雅が笑った。
 
「九我ちゃん、あんた、やっぱこの家の婿にならなきゃダメだね。真理子をよろしくって、言われてるよ」

 (違うよ、雅さん)

 正語は守親の目つきで理解した。
 流石にこの男は九我と聞いて、自分の孫の秀一が世話になっている家の人間だとわかったのだ。
 守親は体は不自由だが、頭はしっかりしているようだ。

「仕事するからさ、二人とも出て行ってよ」

 と雅は棚から新しい寝巻きと大人用のおむつを取り出した。

 正語と高太郎は部屋を出た。

 出ていく時、正語は再び鷲宮久仁子の肖像画を振り返った。

 ぶよぶよと垂れ下がった瞼からは、美しい青灰色の瞳が覗いている。
 アクアマリンに薄墨を一筆加えたようなその色は、秀一の両目や真理子の左目と同じ色だった。
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登場人物紹介

鷲宮秀一、主人公の高校生

九我正語(くがしょうご)、秀一の従兄弟、警察官

九我正思(くがしょうじ)正語の父親。人の恋愛感情を瞬時に見抜く特殊能力を持つ。

九我光子、正語の母親。秀一の伯母。

雅、介護士。雅は熟女スナックにいた時の源氏名。本名は不明

夏穂、秀一の幼馴染。秀一に片思い。

涼音(すずね)、秀一の幼馴染

武尊(たける)、秀一の幼馴染

賢人、秀一の甥っ子

真理子、みずほ中学の教師

コータ、真理子の弟、秀一の幼馴染

野々花、パンケーキ店の女主人

岩田、秀一のテニスの師匠

鷲宮一輝(故人)秀一の兄

鷲宮輝子(故人)秀一の母親。正語の母親、九我光子の妹

水谷凛、夏穂の従姉妹

鷲宮智和、秀一と一輝の父親

鷲宮高太郎、智和の兄

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