第7話 『アトル・アン古伝説写本』 (高校/たぶん文芸部時代の原稿) 

文字数 1,629文字


 1.

 それ故に昔語りを始めよう。そもそもの初源の四界、父神なるティアスラァルには三柱の姉神・兄神ありき。それぞれに大いなる上つ位の神より、治むべき《星々の空隙》を賜る。

 長姉なるリー・シエン・サラルト、閉じたる球の空に光を満たし、天上人これに住まい、共に更なる高みを追いし。この閉じたる球の空をエル・シャ・ムー・リィア。《至高なる夜の守りの内包せし世界》と、人々呼びし。

 長兄なるグァ・ヒーギル、またの名を男神ガル・ギィン、閉じたる地の洞の世界に火の灯り付け入れ、その思いのままに、力有り、さま異なりし生ける者を種々多く造り給う。《閉じたる狭き地の洞》、バール・ド・ガスダームと、人々呼びし。暗き地の火灯りより魂なくして使役せらるる鋼の命、造りし。

 《開けし球の地》のティアスラァルが直ぐ上なる姉の世界、ダァイ・レム・アースル、《開けし大地の国》と言いし。女神なるマライアヌディアドライム、そが世界を治めし。《大地に生ける者》、ダレマース、産み、慈しみ、し給う。

 2.

 それ故に昔語りを続けよう。ティアスラァルが治めし《球の地》が上、《水の浮島》なる卑小なるアトル・アンは、神々の嘉(よみ)し給わぬ土地であった。

 彼の地に棲まう者らが父神ティアスラァルの正嫡なる嗣子でなきが故に、彼の地のヒト族の母が、神族のはしたにすら加え得ぬ、位階低き哀れな水乙女に過ぎなかったが故に……。

 妃神女ネフェルクァイの眷属たる上つ時代の《力有る者たち》は誰も、アトル・アンに彷徨える父神の子らに導きを与えるものではなく、父神ティアスラァルにした所でが、一時の気紛れにより産み出された、ひ弱く力無き者達に、一顧だに与えるものではなかった。

 アトル・アンはそれ故に冷たく、固く、ヒト族の生きるが為には貧しきことこの下はない、土地であった。

 3.

 それ故に昔語りを続けよう。ヒト族の母なる水乙女の名をアテュイ・イィラァ(嘆く者)。《嘆きの主》のアテュイラスカとも呼ぶ。

 アテュイラはティアスラァルの統べる球の地の、聖なる水を司る御霊の三千六百九十一番目の最後の娘であったが、そもそもは末の娘こそが母なる全ての《水の聖霊》の跡目を継ぐべき者であるとする《水》族の掟は、上つ時代の気楽な神々には、預かり知らぬ処ではあった。

 さて、このアテュイラが水乙女たるの資格である純潔を奪われて主神との間に子を成した時、産み出されたその子どもはティアスラァルの重き赤き血を色濃く受けて、《地》の上に住まう者のひとつとなった。

 ティアスラァルによってこの者らに与えられた土地が、アトル・アンである。アトル・アンの地を守護する神はこの汚れた子らを厭うて間もなく去り、幼いヒト族たちは守る者とてなく、冷たく固い大地に捨て置かれる事となった。

 4.

 それ故に昔語りを続けよう。水乙女はみずからの産みし子どもらの命運を哀れみて、《水》の身ながら《地》に寄り添い、その嘆きの声は海の波となり海の泡となり、アトル・アンの地を覆い囲んだ。これが彼の者を《嘆きの主》と名付けし、そもそもの初めであった。

 父神の姉なる神、その治めし大いなる地より来たりて《嘆きの主》の号泣の声を聞き、憐れみをかけ給いし。

 ………………。




 * 用語事典 *

 聖霊  肉体を持たず意識あるもの。自然の法を定め、その因果をつくるもの。神々よりも深く識り、さらに高く歩み、大いなる力を得しもの。

 レムリア  エルシャムリアの転訛。

 ムー  エルシャムリア人(エルシャマーリャ)の地球宮殿。およびその存在した島・大陸。

 アトラン国(てぃす) 地球人最古の文明が栄えた土地。初期には《ムーの天使たち》と、帰化したダレムアト(ダレムアス人)によって文化・文明が伝えられた。
 おそらくは第三間氷期が最盛期で、大アタランの時代には、現代のロシア・北欧並みに気候が寒冷化し始めている。

 アト(地)+ラン(人)+ティス(国・土地・世界) = 地人族の国。


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