思い上がり

文字数 1,331文字

「小梅姉さんは正確にはうちの料理人じゃない。もっと山奥の田舎村に住んでいていたんだが、被災して身寄りがなく、親父が面倒見ることになった。そのころは都会のアオサカってところに店があって自慢の料亭をやってた。」

 当時は小梅の住んでいた田舎村あたりはまれにみる大雨が続いた。そんな中、アオサカ自慢亭は貸し切りだった。政治家の集まりがあった。持ち込み自由で和やかにやっていた。街では大雨を心配する声が上がっていたが、彼らはどこ吹く風だった。彼らには選挙の他に優先する事項など無いようだった。

 翌日、被害の大きさに驚いたロ・サンジは、食材と道具を持って田舎村に行った。そこでは着の身着のままで逃げてきた人たちが空腹に耐えていた。ロ・サンジは高級な食材を惜しげもなく使い腕を振るった。初日は多くの人がやってきた。しかし、人々はあまり食が進まない。当初は、不安から食事がのどを通らないのだろうと思っていた。しかし、2日、3日と経つうちに地元の炊き出しには行列ができていたのに比べて彼のところには炊き出しにあぶれた人がちらほらとやってくる程度だった。
「うちの料理はまずいのかね?」
 ロ・サンジはやってきた少女に尋ねた。
「盛り付けもきれいですし、おいしいです。ですが、毎食食べたいとは思いません。」
 彼女が、小梅だった。ロ・サンジは思い知らされた。ここはいるのは週に一回くるような客ではない。毎日、空腹を満たすためにやってくる人達なのだ。身内の行方もわからず不安を抱えた日々の中で、食事は唯一の楽しみかもしれない。

 必要なのは、おいしさではない。安心できる味。

 そう、慣れ親しんだ味だった。ロ・サンジは小梅に食材と器具を渡した。
「今の私には、君たちの求めるものは作れない。君が作ってくれないか。」

 しかし、小梅にとっても見たこともない食材はさばけない。そこで、ロ・サンジが下処理しながら小梅が調理をした。お湯に味噌を溶かしただけの味噌汁や、塩をかけただけの野菜。塩味の薄いおかゆ。とても人に出す料理とは思えないようなものばかりだった。しかし、そんなものに村の人々は群がってきた。
「小梅ちゃん、おいしいよ。ありがとう。」
 彼らは空になった器を返しながら、口々にお礼を言った。が、ロ・サンジを驚かせたのは彼らの器が洗った後かのようにきれいになって返ってくることだった。
 貴重な水でわざわざ洗っているのか?ロ・サンジは彼らの食事風景を覗き見た。お粥を食した後の器に、味噌汁を移す。汁の後はお湯や水を入れて飲む。器についたわずかの汚れも残さやないように食している。
「山奥では水は貴重です。少しでも、洗い物を減らすように皆気を使っているのです。」

 アオサカではそんな客はいなかった。食べ散らかしままで、平気で残す。残すくせに、別の料理を頼む。ロ・サンジも金を払う客にはそれでも文句を言うこともなかった。

 その後、ロ・サンジはアオサカの店をたたむと田舎村にちかいこの山奥に店を開き、身寄りのない小梅を引き取った。ロ・サンジの妻は文句ひとついわない人だったがヤツを産むと、田舎暮らしに疲れたのかまもなく亡くなった。それからは小梅がヤツの世話をした。
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