運転台
文字数 1,330文字
ある非電化私鉄の路線で、発車時間待ち中のことだったと思うけれど、運転手さんに質問したことがある。
「このキハの運転台には、どうしてアクセルレバーが2本もあるんですか?」
国鉄車両と違って、古い機械式気動車には運転台の仕切り壁などない。
運転台の様子は丸見えで、のぞき込むと、たしかにそう見えるのだ。双子のようにそっくりなレバーが2本並んでいる。アクセルレバーなら、1本あればいいだろうに。
それゆえの質問だったのだが、その答えというのが、
「ああ、アクセルは2本のうちの1本だけで、もう1本は今は使っていない。使っていないほうは、元はチョークレバーだった」
これは、一見納得できる答えである。だが私はなぜか、誤魔化されたような気がしたのを覚えている。
しかし今考えれば、それも無理はないかもしれない。いちいち中学生に説明するのは面倒くさすぎるもの。
実は、これと似たことはもう一度起こっていて、何かの本で、古いキハの運転台を写した写真を見ながら、ずっと私は不思議に思っていた。
やはり、
「アクセルレバーが2本あるように見える…」
機械式のキハだから、運転手の足元にはクラッチペダルが、右手のあたりにはシフトレバーがある。
そして、通常の電車だったらいかにもマスコン一式がありそうな場所に、レバーが2本生えているのだ。
上記の運転士さんが言うのは、冬季にエンジンを始動するとき、まずチョークレバーを引いてからセルモーターを回すという意味だろう。
だが話は自動車ではなく、鉄道のキハなのだ。
冬季であれ夏季であれ、エンジンを始動するのは車庫内でのことであり、それはキハの運転台ではなく、エンジンの真横での作業になることを私は知っていた。
エンジンのわきに小さなボックスがあり、ふたを開けると、セルモーターなどのボタン類が顔を出す。(※)
だから、まだガソリンカーだった時代でも、チョークレバーはエンジンのすぐわきにあっただろう。運転台ではなく…。
別にじらすつもりはありませんが、私なりの結論を書くと、
「1本目のレバーは確かにアクセル。もう一本のレバーは、手動進角用である」
「え?」
進角ですよ、進角。
現代のガソリンエンジンは例外なく自動進角式なので、「進角」という言葉をご存知ないのは当然かと。
エンジンの内部ではピストンが猛烈な速さで上下し、吸い込んだ空気を圧縮しては、電気火花で火をつけて、ガソリンを燃やす。
その火をつけるのが、ピストンが一番高い所まで行った瞬間なのだけど、エンジン回転が低速のうちはそれでいいが、高速回転になってくると、それでは間に合わない。
ピストンが最高の位置(上死点)に達する少し手前で点火を行う必要が出てくる。
こうやって点火タイミングを早めることを進角と言い、現代では自動だが、戦前のエンジンではこれを運転手が手動でやっていたわけ。
つまり古い時代のガソリンエンジンをふかすには、アクセルレバーだけでなく、進角レバーも同時に操作しなくてはならなかった。
だから、形のそっくりな2本のレバーが、双子のように並んでいたのであろう。
(※)
ガソリンカーのことは知らないが、私が見たキハでは、ディーゼルエンジンの余熱ボタンもここにあった。