菊の恩返し(1)

文字数 831文字

 むかし、江戸に、才之助という名の男が住んでいました。才之助は、菊の花が大好きで、庭にたくさん植えていました。よい菊の苗がどこかにあるときけば、すぐにかけつけて買ってしまうので、お金が少しもたまりません。それでも、好きな菊の花にかこまれて、才之助はのんきにくらしていました。



 ある秋のことです。
「なんだって? 伊豆の沼津に、すばらしい菊がある?」
 才之助は大いそぎで、伊豆へむかいます。箱根の山をこえ、沼津について、やっと一つ二つのみごとな苗を手に入れ、それをだいじに油紙につつんで、にやりと笑って、帰りはじめました。

 ふと気がつくと、後ろから、ぱか、ぱか、と、ゆるやかな馬のひづめの音がついてきます。追いつきもせず、遠のきもせず、少しはなれたまま、ぱか、ぱか、と、ついてくるのです。
「おかしいな。だれだろう?」
 才之助が、ふりかえって見ると――



 品のよい、きれいな少年が、やせた馬に乗って、才之助のあとをついてきているのでした。
 少年はにっこり笑って、馬からおり、
「いいお天気ですね」といいました。
「いいお天気です」才之助もさんせいしました。

「菊をお買いになったかたですね。どこまでお帰りになるのですか?」
「わたしですか? ええ、江戸まで」
「江戸ですか! そんなに遠くから!」
「ええ、菊のためなら、どんなに遠くへだって行きますよ」
「ほんとうに菊がお好きなのですね。じつは、わたしも、菊が大好きです」
「きみもですか!」
 才之助は、むちゅうになって、じぶんのそだてている菊のじまん話をしました。

「どうです、これから、江戸のわたしの家までいっしょにいらしてくださいませんか。ひとめでいいから、わたしの菊を見てもらいたいものです」
「それは……、姉にも、きいてみませんと」
「きみの姉さん? どこにいるんです?」
 ふりかえると、やせ馬のかげに、色白でほっそりとした、美しいむすめが立っていました。



 才之助は、思わず、赤くなりました。
 少年の名は三郎、姉は黄英(きえ)といいました。
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