6. 出立

文字数 1,526文字




 王宮から忍び出たエレンは、城下町の外れの宿場町で三人の仲間たちと初めて顔を合わせた。
 目的の宿まではカーラーの部下が案内してくれたが、その男は彼を宿まで送り届けるとすぐに引き返して行った。彼が緊張していなかったといえば嘘になる。王族として生まれ落ちたエレンは今まで供もなしに王宮の外に出たことなどなかったし、町外れの宿場町を訪れたのも初めてのことだった。
 宿屋の入り口で彼を出迎えたのは、ジプシーの青年だった。エレンに彼ら異民族と会話をした経験はない。ジプシーの身に着けている色鮮やかな帯も装飾品も彼には見慣なれず、飄々とした青年の態度を胡散臭いと感じないわけでもなかったが、この案内人はアンゾが用意してくれた信用できる人物のはずである。彼はそのレヴィという青年と挨拶を交わし、更に残りの同伴者を待った。
 遅れてやってきた二人とは、エレンは直接かかわったことはなくともその名前だけは聞いたことがあった。アイリーンは騎士団長アンゾの末娘だし、アスカについては何度か、カーラーの口から聞いたことがあった。この二人からは心から彼を支えていこうという真心を感じ取ることができて、エレンは少なからず安堵するとともに、彼女たちのためにもこの計画を成功させなければならないと強く思った。
 その晩のうちに彼らは今回の旅の目的を確認し、レヴィの説明のもと、旅の大まかな計画を立てた。
 彼らが向かうアストルガスはミースから見ると南東に位置し、通常は主に徒歩と馬での移動でひと月ほどかかる。もっとも一般的な順路は街道沿いに町から町へ移動し、現在の国境となっているジェルマン河を渡り、更に街道沿いにアストルガスまで至るというものだが、今は港を有するローエンの町が戦場となっているため港は使えない。そこで彼らは港の東にある湖をさらに東側へ回り込むことにした。湖の東は森に覆われており、草原と同じく魔物が多い上に道に迷いやすい森は本来なら旅人に嫌われる経路だが、正しい知識さえあればそこまで困難な道ではないとレヴィは言った。何より彼らにはアスカという結界師がいるので、魔物のほとんどはそれで退けることができるという。
 ミースからしばらくは草原が続くため、彼らは馬で移動することになっている。王宮の関係者をあまり動かせないという制約のため、馬はレヴィが急ぎで用意してくれたらしかった。四人は同じ部屋で一泊した後、翌朝城門が開く時間になるとすぐ、宿を出て馬に跨った。
 城門は、夜明けとともに開く。まだ朝もやが立ち込める薄闇の中で、アイリーンが欠伸を噛み殺していた。その隣で馬上の鞍によじ登っているアスカは、眠気はなさそうだが既に少し疲れて見えた。
「昨夜はよく眠れたかい?」
 エレンがそう言うと、手綱を掴んでいたアスカははっと顔を上げた。彼女は戸惑いがちに微笑みながら答えた。
「実はあまり…」
 実際、エレンも同じだった。考えることが多すぎて目が冴えていた上に、誰かと同じ部屋で眠るというのも彼にとっては初めてのことだった。もちろんそんなことをアスカに言うわけではないが、エレンは正直に頷いた。
「実は僕もだよ。色々考えてしまうよね。まあでも今日の移動距離は短いし、ちょうど僕たち初心者には体を慣らすのにいいだろう」
 そんなことを言いながら、エレンはカーラーが「アスカとエレンは少し似てるのよね」と言っていたことを思い出していた。彼らを兄妹にしようと言い出したのは彼女だ。
 そこへ、やはり眠そうな上に全く緊張感のないレヴィの声がかかった。「じゃあみなさん、準備はいいですか~」
「行こうか」とアスカに頷きかけ、エレンはゆっくりと馬を進め始めた。



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み