第47話 『死と乙女』②
文字数 1,697文字
「岩田さんが亡くなりました。
「……ガンちゃん、亡くなったんですか?……いつ?」
真理子は口に手を当てて、目を丸くした。
まだ知らなかったのかと、正語はそんな真理子を横目で見た。
「テニス講習会の最中だそうです。持病の心臓のせいですよ。詳しいことは秀さんから聞いて下さい」
高太郎はそれだけを言うとゆっくりと、踵を返した。出てきた門に向かって歩き出す。
「
「私、失礼します。お世話になった方が亡くなってしまったんです」
それからと、真理子は眉を寄せて、訴えるような顔になった。
「……コータを探すのは、私に任せて下さい……コータと二人だけで話がしたいんです」
「俺もつきあうよ」
「あの子、知らない人がいたら、何も言わなくなってしまいます。どうかお願いです。コータに、九我さんと話しをするよう説得しますから」
正語はちょっと待ってと、真理子を待たせた。
自分の車のダッシュボードからペンとメモ帳を取り出して戻る。
「いつでも電話して」と自分の携帯番号を書いたメモを真理子に渡した。
真理子は受け取りながら赤い顔をして、頭を下げた。
真理子とのやりとりを見ている高太郎と目が合った。
正語は愛想よく笑いかけたが、高太郎は顔を逸らして門の中に入って行った。

辺りは夕闇が迫っていた。
空には淡い月が浮かんでいる
正語は自分の車に乗り込み、エンジンをかけた。
シューベルトの弦楽四重奏がかかった。
朝、
これは父親の車だが、クラシックは母親の趣味だろう。
『死と乙女』と呼ばれるこの曲の所以となる第二楽章を聴くまでもなく、『
脇道を曲がるとすぐに褐色砂岩の洋館が見えた。
時間にして五分とかからない。
これだけ近くに住みながら、高太郎と智和兄弟は交流がないらしい。
『西手』は堂々たるチューダー様式の建物だった。
みずほ町を訪れていた兄たちから『お城のような家だ』と聞かされたのは、本家ではなく分家だったかと、正語は納得した。
正語が車寄せに向かっていると、向こうから自転車がやってきた。
自転車の主がこっちを見て驚いている。
正語も驚いた。
秀一だった。
正語はすぐにエンジンを切り、車を降りた。
秀一も自転車を降りて、駆け寄ってくる。
「正語! ガンちゃんが死んじゃったんだ! それに、ガンちゃんが俺に渡したいって言ってた写真もなくなっちゃった……どこ探してもないんだ……」
秀一は困ったような顔でまくしたてた。
正語はといえば、
——やっぱりお前の方が……。
というクズなセリフを飲み込んで、固まっていた。
「なんでもない写真なのに、なんでガンちゃんは誰にも見せないようにしていたのか、わかんないんだ……それに、ガンちゃんが死んだ時、他に誰かいたんじゃないかって……ん?」
秀一は正語に一歩近づいた。匂いを嗅いだ。
「正語、どこかでお風呂入った?」
どきりとした。
なぜか浮気がバレた気分になり、思わず後ずさった。
秀一は転がしていた自転車を起こして乗り込む。
「……どこに行くんだ?」
「
「……送るか?」
「中でお父さん、待ってるよ。正語に話があるみたい」
そうだった。
正語は秀一の父親に呼ばれてみずほにやってきたのだった。
「戻ったら、一緒に野々花さんのお店に行こうよ。警察の人に相談したがってる人がいるんだ」
「なんだ?」
「戻ったら話すよ」
と、秀一は自転車を漕いで薄闇の中に消えて行った。
秀一を見送った後、正語はどこかホッとしながら『西手』の玄関前に立った。
呼び鈴を探していたら、中から観音開きの扉が勢いよく開いた。
「正語くん! 僕の車、勝手に使わないでよね!」
中から出て来たのは正語の父親、