第4話 甲非の国

エピソード文字数 2,249文字

「じゃあ熊、またな!イヌコロも元気で暮らせよ」

「どうしても行きなさるか。じゃあ、おれらも親分と一緒にお供する」

「おいおい、気を使うなよ。俺は一人で大丈夫だ」

「まだ真っ暗な山の中。狼や山の主に出会うかも。俺が案内係しますだ」

めんどくせえな。断るのもよ。まあいいか、お供を連れてこちらの世界をのぞいて見るとするか。

「わかったよ、熊。じゃあおめえに案内を頼むぜ」

まるで羆みたいな顔を、嬉しそうにクシャクシャにして喜ぶ熊。

「任してくだせえ!よおし、じゃあ出掛けるか。イヌコロ、おめえも来い」

熊と狼の根城を出て、暗闇を原っぱを歩き始めた。平地かと思っていたが、原っぱを抜けるとまた鬱蒼と繁る森に入る。

淡い月明かりも、深い木々の中ではほとんど効果がないようだ。

俺の前を熊が歩き、俺の横をイヌコロがぴったりと寄り添って歩く。

時々獣の遠吠えを遠くに近くに聞きながら山を下った。

たぶん、町中なんだろう。あっちの世界みてえに街路灯がある訳じゃねえから明るくはねえが。

ボロ屋ばかりだが、長屋みてえな小さな家のかたまりが、道の両側にあちこちに並んでる。

やっと町まで辿り着いたか。
月明かりに浮かぶ古き貧しき町並み。

まだこの世界に来てたいした時間も経っちゃあいねえが、この小さな町に人が暮らしているのかと思うと、なんとなく懐かしい、そんな気がする。

まだ朝にはずいぶんと時間がある。あったかい布団のなかで楽しい夢でも見ているんだろうか。

「時々、ここには来るのかい?」

「いや、ほとんどねえです。俺は山の中で暮らし、隣町に出るために山を越えるやつらを襲うだけでさあ。ただし月に1回くらいは、米や味噌、塩などを取りにくるんでさあ」

「取りにくるってえのは?どういう意味だい?」

「そりゃ親分、おらは山賊だから、まさか金だして買う訳じゃねえ。ちょいと脅していただく、そういうことでさあ」

「そうかい、かっさらうのか。なんかおめえらしいな。イヌコロはどうすんだい?」

「当然いつも一緒ですだ。俺とイヌコロが押し入ると、町のやつらびびりやがって、何でも言うがままでさあ」

ちっ、まったくとんでもねえ子分をもったもんだな。

腕時計をのぞきこむ。あっちの世界から一緒に旅をして来た数少ない文明品だ。

迷彩のハーフパンツに真っ赤なTシャツ、ジッポライターにメンソールタバコ。

自分の部屋からこっちの世界に飛び込んだから、足は裸足のままだったが、今は革のショートブーツを履いている。

熊の手作りらしいぜ。鹿革をうまく裁断し、器用に縫い上げた高級品だよ。

190cmを超える大男のくぜに、足のサイズは28㎝の俺とほとんど変わらねえ、ぴったりのサイズだぜ。

おっと時間はと・・・・・

時計は4時44分を指している。こっちの世界に飛び込んでから、約2時間半位経ってるみてえだ。

時差はほとんどねえみてえだ。こっちの世界の時間がわからねえから確実なことはわからねえけどな。

季節は、たぶんあっちと同じ初春、4月ころかな。

ハーフパンツにTシャツで、さほど寒くはねえからな。そんなところだろ。

ど田舎のひなびた町中を3人で、いや2人と1匹でそぞろ歩きだ。

月明かりに薄ぼんやりと舗装もされていねえ道を歩いていく。

さあ、何をするかな?特にあてがあるわけじゃねえし。

道なりにあてもなくブラブラ歩いていると、景色が少しずつ変わる。

いかにも貧しそうな町人の家並みから、少し小綺麗な家並みに、そしてかなり立派な門塀付きの御屋敷に変わっていく。

ふふん、やっぱりか。こっちの世界でも金持ちはいい暮らししてやがるな。

いくつかのバカでかい屋敷の横を通り抜け、ひときわでかい屋敷の前に近づいた。

ほとんどの屋敷の門はしっかりと閉じられていたが、このでか屋敷の門は開いている。

しかも恐そうな2人の門番さままで立っていやがるぜ。

おい、おい、睨んでるぜ。
なんか2人でゴソゴソ話ながら。と思った瞬間にイヌコロが跳んだ。

まさしく空中を跳んだ。
あっという間に門番2人を噛み倒す。まさしく野獣そのもの。

止める間もない一瞬の出来事。

「おい、おい、イヌコロちゃんよ。噛み殺しちゃったのかい?」

「いや親分、でぇじょうぶ。ちょっとばかり大人しくさせただけでさぁ。人間さまには、俺の命令がなけりゃ、命を奪うことはしねえから」

「熊、それでよ、このご立派な御屋敷は、どちらさんの御屋敷だい?」

「ここは、この地域の代官の屋敷でさ」

「代官屋敷か。さすがに、でけえはずだな。ところでよ熊、ここは何て国なんでい?」

「親分はやっぱり人間じゃねえな。自分がいる場所もわからねえんだから。やっぱり魔人さまなんだな」

「熊、からかっちゃあいけねえよ。俺はちょっと遠くから来たんだ。だから地の理がきかねえんだよ」

「まあなんでもかまわねえ。親分は親分だ
ここは甲非(かひ)の国って処でさあ」

「甲非(かひ)の国? 甲斐(かい)の国じゃねえのか?」

「甲非、甲州(こうしゅう)とも呼ばれてまさあ」

どうも俺がガッコで教わった山梨県、甲斐の国じゃなくて、かひの国だとよ。

まあガッコの先生のすべてが必ずしも正しい訳じゃねえだろうし、歴史なんてあてにならねえからな。

違う時空間に跳び込んで来たんだ。歴史も違う場所に来てもおかしかねえな。

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