第十六話 キメラ!

文字数 1,114文字

   
「ウイルスとは、遺伝子という設計図を包んだカプセルのようなもの……。そこまで理解できたなら、そろそろ本題に近づけるな」
 マドック先生の言い方、微妙ですね。『本題に入れる』ではなく『本題に近づける』ということは……。まだまだ先は長そうです。
「俺の元の世界には、ウイルスの設計図、つまり遺伝子を書き換える技術があった。こっちのウイルスとあっちのウイルスの手足や心臓部を入れ替えたり、別の生物の遺伝子を書き加えたり……。いわゆる組換えウイルスってやつだ」
「……それって、モンスターのキメラみたいなものでしょうか」
 マドック先生を見習って、私も例え話を持ち出してみました。

 モンスターを軍事利用しようと考える悪い魔法使いは、昔から結構います。
 中には、魔法で複数のモンスターを合成しよう、と試みる者もいました。特に最近、そうした『改造モンスター』の研究にも細胞や遺伝子といった概念が取り入れられて、少しずつ成功例も出てきているようです。
 また、事故や病気で体の一部を欠損した人に対して、ヒト型モンスターや動物の一部を組み込むことで足りない部位を補う『部分キメラ』の研究も行われているようです。こちらは、平和的な話ですが。
 マドック先生の『組換えウイルス』の話は、そんな『キメラ』を私に思い出させたのでした。

「そう、キメラだ。俺の世界でも、組換えウイルスは――特に『書き加え』パターンではなく『入れ替え』パターンの方は――、キメラウイルスと呼ばれることもあった」
 私の持ち出した例は、的確だったようです。ちょっと私も、誇らしい気分です。
「俺がやっていたのはウイルスワクチンの開発で、免疫系の遺伝子を組み込んでワクチン効果を高める、というものだったが……。お嬢ちゃん、『ワクチン』とか『免疫』とかって言葉も大丈夫か?」
「はい、わかります。免疫というのは、病原体に抵抗してやっつけようとする、生物の自己回復能力の一種であり……」
 マドック先生は勘違いしているようですが。
 細胞や遺伝子とは違って、免疫という概念は、この世界でも昔からある考え方です。私たちの世界の医学を、それほど馬鹿にして欲しくはありません。
「……その免疫効果を利用した治療法が、ワクチンの投与ですね。病原性の低い病原体とか、病原体の一部――それだけなら発症しない――とかを投与することで、免疫効果を高めよう、って理屈です」
 ちなみに、ワクチンの方も昔からありましたが、転生者の知識・技術を加えることで、色々と大きく改善されたと聞いています。
「そう、そんな感じだ。ならば、宿主の免疫系の遺伝子を組み込んだ組換えウイルスなんて代物(シロモノ)も、ちゃんとイメージ出来るわけだな」
   
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