第7話「追憶」

文字数 2,157文字

「…郁馬さん、どうかしたの?」
「え?」
夕飯の途中、宵夢にそう問われて、郁馬はようやく顔を上げました。

「なんだか今日は、ぼんやりしているけれど。」
「…ああ。済まない」

「いつもは私がそうなのに。…何かあったの?」
「大したことじゃないんだ。…今日訪ねてきた、鈴原という一家の事で…」
――深く息を吐いた郁馬に、少し不安そうな表情の宵夢が尋ねます。
「…何か、気に障ることでもあった?」
「いや、そういうわけじゃない。…なんだか、懐かしいような気がして。」

「そうなの。…私は何も思わなかったけど。」
「そうか…。多分、昔のような賑やかな雰囲気に、懐かしさを覚えただけなんだろう。」
――兄弟のいる郁馬は、実家の光景を思い浮かべながらそう誤魔化します。

「瑠璃ちゃん、元気な子だったものね。」――それが分からない宵夢は、瑠璃の様子を思い返しながら、くすりと笑いました。
「ああ。」――子供らしい元気さを湛えていた瑠璃の様子を思い出し、郁馬もつられたように笑います。

――ふと、宵夢が思い出したように言いました。
「賑やか、といえば。…鹿園くん、元気かなぁ」
「あいつか…。あいつなら、相変わらず馬鹿やってると思うが…。」――ほんの少し笑っていた郁馬でしたが、鹿園、と聞くと、僅かにしかめたような表情になりました。

「何か連絡はないの?」――宵夢は、至って朗らかに尋ねます。
「あー、そうだな…。確かこの前、そろそろ身を固めたいとか言ってたな。」

「そうなんだ。…彼女さんは?」
「ああ。相変わらずらしい。…もし居を構えるなら、こちらに戻ってくるそうだ。」
――浮ついていた鹿園も、ようやく落ち着く気になったか。
連絡がある度に何かと驚かされていた郁馬は、――昔から落ち着きのない奴だったが…と、おもい溜息を漏らすのでした。

「へぇ…。もしそうなら、もっと賑やかになりそうね。」
相変わらず、どこか呆れたような表情をする郁馬に、宵夢は嬉しそうに微笑みました。

「…嬉しそうだな。」
「うん。たくさんの人で楽しく過ごすの、昔から好きなの。…私、ひとりっ子だから。」

「そうか…。」――郁馬は、僅かに顔をしかめました。
「郁馬さんは、賑やかなのはあまり好きではないんだったかしら?」

「ああ。…どちらかというと、静かな方が好ましい。…あまり煩いと――頭痛がする。」――賑やかさの過ぎる様子を思い出したのか定かではありませんが、郁馬は頭痛を堪えるような表情のままで言いました。
「羨ましいなぁ…。」――その一方で宵夢は、拗ねたような表情で言うのでした…。

「しかし、兄の件では宵夢にも心配をかけたし、…」
「いいえ。お兄さん、無事に戻られてよかったわ。」
――娘の遙は、夕飯を食べることに夢中になっている様子です。
「…。いい歳した奴が『自分探しの旅』とやらで家を飛び出すんだぞ。前触れもなく、唐突に。」
「でも、戻られてからは、ご両親や郁馬さんにもしっかり謝られたんでしょう?」

「…まぁ。…お陰で、俺も家を出られたしな…。今は、両親のこともしっかり見てくれているし。」
「…良かったわね。」
呆れたような声でしたが、安堵がまじる表情を見せた郁馬に、宵夢も同じく安堵するのでした。

「ああ。一時は肝を冷やしたが。宵夢に迷惑をかけることにならなくて良かった。」
「迷惑だなんてとんでもないわ。何かあったら相談して。私も郁馬さんには、迷惑をかけてばかりだから…。」

郁馬と同様、申し訳なさそうな表情をする宵夢に、郁馬は心配そうに問いかけました。
「…不眠のことか?」
「ええ。…少しずつ、眠れるようにはなってきているのだけど…。」

「何だろうな…。」
「私にもよく分からないの…。眠っている間に、なんだかひどく悲しい思いをしたような…、嬉しい思いをしたような気がするの…。」

「…まさに、よくわからない夢だな…。」
「ええ…。」

「ごちそうさまでした。」
2人がそうして話している間に、遙が夕飯を食べ終えました。

「遙、よく食べたわね。…寝る?」
「…うん…」

「…静かだと思っていたら、眠かったんだな。」
うつらうつらと眠そうにしている遙に、郁馬は微笑みます。

宵夢は、遙をベッドへと向かわせます。
そんな様子を見て、郁馬は何か思い当たったようでした。

「そういえば。遙が産まれてからは、少し眠れるようになったみたいだな。」
郁馬は、戻った宵夢にそう言いました。

「あぁ…そうね。もしかしたら、寂しかっただけなのかしら…。きっと、じきに良くなるわ。」
「だと良いんだがな…。…あまり無理をしないようにな。」

「ええ。…眠たくなったら、遙と一緒にお昼寝してるから、大丈夫よ」
「…。そうか…。」

そうして、2人も食事をとり終えました。

「…郁馬さんも、あまりお仕事で無理をしないようにね。」
「ああ。…仕方がないこととはいえ、どうにも肩が凝るな」

「明日は遅いの?」
「ああ、たぶん。夕飯は…食べて帰る」

「わかりました。…お仕事おつかれさまです。」
「有難う。」

働くことも家族の為。
そう考えながら、郁馬は眠る間際、暫しのゆったりとした時間を過ごすのでした。
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