第二百六十七話

文字数 3,300文字


 港に到着する前にやっておきたいことがある。

「モデスト。ステファナ」

 二人が、俺の前に来て、跪く。

「二人には、俺とシロから離れて、隠れてもらうよ」

 二人の顔に不満を示す(マーク)が浮き出る。

「二人は、港を制圧する仕事があるから、俺たちと一緒にいる所は見られないほうが、最初はやりやすいでしょ?」

 ステファナとモデストは、お互いに顔を確認して、ステファナが前に出る。

「旦那様。私とモデストは、離れまして、夫婦として港に入ります」

「そうだな。その方が目立たないな。モデストの眷属を、従者として残してくれ」

「もちろんです」

 ステファナが、モデストに目で合図を送る。お互いの表情からは、すでに夫婦としてやっていけそうな雰囲気が漂っている。

 眷属が二人、俺とシロの後ろに移動してきた。
 従者になるようだ。名前は、モデストから聞かないで欲しいと言われている。モデストの眷属だと認識をしていればよいのだろう。呼びかけの必要があるときにも、モデストを名前として利用したい旨が告げられた。どうやら、眷属も同じ名前で問題はないようだ。
 シロが可愛く、”?”の表情を浮かべるので、頭を撫でておく。

 ステファナとモデストが、簡単に引継ぎを行う。
 シロの従者が居なくなるが、モデストの眷属がシロの従者の役割も行うようだ。眷属の二人は、男性と女性のペアになっている。

「シロ。大丈夫か?」

 女性のモデスト?と、話をしている。
 俺の問いかけに、頷いて答えるので、まだ少しだけ不安なことがあるのだろう。ステファナがシロの態度を見て、近づいていく。

「旦那様」

「どうした?モデストは、引継ぎはいいのか?」

「従者の仕事は、ほとんど・・・」

「そうなのか?」

「旦那様。お考え下さい」

「え?」

「お着替えは、旦那様が自分で為されますし、食事もほとんど、ご自分で準備をされます。従者の仕事は、カイ様とウミ様のお世話ですが、それも必要になることは少ないです」

「・・・。そうだな。基本、自分でやったほうが・・・。そうか、それで、従者としての仕事がないのだな」

「はい。他の方との連絡係のような者です。”旦那様と奥様のお側にいる”のが仕事になっています」

「そうか、なんか悪いな」

「今更なので、大丈夫です」

「そうか・・・。おっ。ステファナの引継ぎも終わったのか?」

 ステファナとシロが頭をさげる。
 シロの引継ぎは、荷物の引継ぎが多いようだ。外に出していない荷物もあるから、それらの調整はステファナの仕事だ。

 細々した引継ぎも終わって、モデストとステファナは、一度、俺たちから離れる。
 新しく、今までは隠れて護衛していた二人が従者に変わる。

 俺とシロと二人の従者は、歩いて港に入る。
 ステファナとモデストは、馬車を使う。

 カイとウミは、まだ持ってきていない。二人なら大丈夫だろうと、気にはしていないが、シロが少しだけ心配になってきているようだ。

「カズトさん。カイ兄とウミ姉は?」

「森の探索をしているからな。港で落ち着いたら、合流してくるだろう」

「そうですね」

 シロが後ろを振り返ると、遠くに森が見えるだろう。
 カイとウミが何をしているのか解らないが、好きにさせておこう。

 ステファナの里帰りという意味合いもあるが、カイとウミの里帰りの意味合いもある。

「心配しなくても大丈夫だろう」

「はい」

 シロが、俺の横に来たので、頭を撫でておく、手を出すと腕を絡めてきた。

「どうした?」

「いえ・・・」

「ん?」

「”帰る”場所が有って、待っている人が居るのが嬉しくて・・・」

 ”帰る場所”
 確かに、俺たちの帰る場所だ。

 皆が待っている。待っていてくれると嬉しい。

「そうだな。早く帰らないと、文句を言い出しそうな連中が多いな」

「・・・」

 ルートは確実に文句を言ってくるだろう。
 他にも、数名の顔が浮かぶ。

「ルートとか、遅いとか平気でいいそうだ」

「そうですね。あと、意外なところで、カトリナ嬢も文句をいいそうですね」

 そうだな。
 カトリナには、何か”ネタ”になりそうな物を与えないと納得しない可能性がある。遊戯施設は作っているだろうから、今度は”おもちゃ”でも作るか?

 忘れては”ダメ”な二人を思い出す。

「そうだな。シロ。フラビアとリカルダへの土産を買って帰ろうな」

 シロを慕っている二人なら、シロから渡せば、問題はないだろう。

「はい!クリスティーネにも・・・」

 すっかり忘れていた。
 シロに言われて、思い出した。ルートと対になるような物でいいかと思うけど、エルフ大陸に、そんな都合がいい物があるか?
 土産物屋なんて見なかった。商店はあるが、どう見ても”仕入れ”が、主な業務に見えた。

 そりゃぁそうだよな。
 ”観光”なんて考えられない世界だし、”土産”も同じだ。

「解っている。ギュアンとフリーゼにも買っていこう。それにしても、関係者が増えたな。」

「?」

「最初は、俺とカイとウミだけだったからな。それから、ライが来て・・・」

 最初は、どうなるかと思った。
 カイとウミが居なかったら、それから・・・。

「はい」

 昔はなしなど、意味がないと思っていたが、いろいろあった。
 物語の最終回が近づいてきたときの演出だが・・・。

 まぁ考えても仕方がない。

 シロと一緒に、港を目指す。

 港が見えてからが遠い。
 徒歩だから、当たり前と言えば、それまでだが、移動手段くらいは確保しておけばよかった。

 もう、遅い。
 今から確保しても、馬車を待っている時間で、港まで到着してしまう。

「カズトさん?」

「あぁ・・・。馬車が必要だったかな?と、考えただけだ」

「うん。ぼくは、カズトさんと歩けるので、馬車がなくても・・・。ないほうがいいです」

「そうか?」

「はい!」

 シロが嬉しそうにしている。
 疲れていないのなら、問題はないな。

「そういえば、シロは、訓練は続けているのか?」

「もちろんです!カズトさんを守る、最後の砦がぼくです。カズトさんが強いのは解っていますが・・・」

「そうだな」

 エルフ大陸に来てから、身体を重ねた時に、シロにお願いされたことがある。

 心境の変化なのかわからないけど、シロは俺には一秒でも長く生きて欲しいと伝えてきた。
 凶刃に倒れるのなら、自分が先に死ぬ。一秒でも、俺が居ない世界で生きていたくない。だから、死ぬときは一緒だとは言わない。”1秒でも、1分でも、1時間でも、1日でも、1年でも、長く生きて欲しい”らしい。
 俺も、むざむざシロを死なせるようなことはしない。
 俺も同じ気持ちだ。だけど、シロの言葉を尊重する。実際には、その時になってみないと・・・。俺はシロよりも長く生きるつもりはない。

 そのうえで、死ななければならない状況になっても、みっともなくても、汚くても、どんな方法でも、二人で生き残る方法を考える。

 俺の考えは、シロには伝えていない。
 だけど、二人で生き残る道を探そうとだけ伝えた。シロが納得しているか解らないが、”死”を選択して欲しくない。”死”を選ぶよりも、難しく、困難で、醜く、汚く、みじめかもしれないけど、シロとなら大丈夫だ。すべてを失っても、シロが居れば・・・。

「あ!」

 シロが指さす方向に、港の柵が見え始める。
 この大陸では、港を襲う勢力は皆無だ。

 港以外は、エルフが治めている。治めていた。力が無ければ、無条件で殺される。そんな場所だ。

 最初に感じた違和感は、森でわかるのだが、魔物が極端に少ない。小動物が少なくなっているから、捕食する魔物も少なくなっているのだろう。生態系が崩れたのは、森だけではなかったようだ。島全体がおかしくなっている。

 森エルフも、草原エルフも、農業をしているようには見えなかった。
 ”森の恵”だけで生活していたのか?

 根本から、変えないとダメかもしれないな。
 これだけの土地があり、水がある場所で、農業をするという発想にならなかったのか?

 豊かな森ならよかったのだが、どこかでバランスが崩れたのだろう。最初は、些細なことだったのかもしれない。
 それが、大きなうねりになって、エルフ大陸を覆いつくすまでに大きくなってしまった。

 ん?
 港が騒がしい?
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