第3話 熊と狼
エピソード文字数 3,026文字
あばら屋の中を覗いてみるか。入口らしい壊れそうな引き戸のそばで聞き耳を立てる。
何となく人の気配はあるようだ。隙間だらけの引き戸から、そっとのぞきこんだ。
真っ暗で何にも見えねえな。
雲間から朧月が顔を出し、あばら屋のわずかな隙間から薄明かりが建物の中を照らす。
ふん、誰かが寝てるようだ。微かだが寝息が聞こえるぜ。
しっかし腹減ったな!何か食い物がねえかな。ほんの少しでもいいからよ・・・・・
「グウッ!」
ヤバいぜ。腹が鳴りやがった。しかも、バカでかい音で。
「誰だっ!」
ヤバいぜ。気付かれちゃったぜ。
「誰だっ! 返事しねえか!」
雷のようなデカイ声が響き渡る。ボロ小屋の中で巨大な影がむっくりと起き上がった。
誰だって言われても、こっちもどう名乗っていいのかわからねえ。
とりあえず相手の出方をみるか。
巨大な影が起き上がり、ゆっくりと引き戸に向かってくる。
二三歩下がって待つことにした。ガラッと引き戸が開けられ、影が外に踏み出した。
月明かりが巨大な影を照らす。190はゆうにあるかもしれねえな、まるで熊のような野郎だ。
体重も150㎏はありそうだ。髪は長く獣のような剛毛を後ろにひとつにまとめている。
顔は髭だらけ、まさしく熊男だ。
「誰だ? てめえは?」
耳が痛くなるようなデカイ声だ。
しょうがねえ、黙っていても始まらねえから名乗ることにした。
「風介だ!」
「ふうすけ、だと!何しに来やがった?」
髭面の中で凶暴そうな目が光る。しかも右手にはどでかい鉈を持ってるぜ。
「わざわざ俺んとこに物を届けに来やがったか。命が惜しかったら、身ぐるみ脱いで置いていけ」
俺もあっちの世界じゃあ、ゴロまいて遅れをとったことなぞねえ。やる気なら、やってやるぜ!
「熊野郎が、デカい口たたくんじゃねえ!」
生まれてこのかた、光り物持った相手とも何度もお手合わせしてる。
身構えると同時にブンと風を切って鉈が肩口に降り下ろされた。
遅えな、まるでスローモーションの映画みてえだ。
鉈を軽くかわして、熊野郎の胸元に入ると同時に髭面のど真ん中、鼻柱に軽く頭突きを決める。
2、3メートルはぶっ飛び、引き戸をぶっ壊してぶっ倒れた。
真っ赤な血飛沫が噴水のように上がって、半分意識はぶっ飛んだようだ。
「おい、大丈夫か?」
ぶっ倒れている熊野郎の顔をのぞきこみながら声をかけた。
「誰なんだ?おめえ、いやあんたは?」
何も答えずに、そばに転がっている鉈の金属部分を軽く殴った。まるで発泡スチロールのオモチャみてえに粉々にくだけ散った。
それを見ていた熊野郎。まるで化け物を見るみてえに、俺を呆然と眺めている。
「あんたは、いやあなた様は人間じゃねえな。化け物か?神さまか?」
まったく困っちまったぜ。俺はこの世界じゃあ人間じゃねえようだ、これじゃあ確かに化け物だ。
「おめえの名前は?」
俺の質問に、熊野郎は起き上がり地面に正座して答えた。
「熊、っていいます。百人力の熊って呼ばれてます」
「熊、おめえは山賊か?」
「へえ、この界隈では知らねえ奴はいねえ半端者。おらあ生まれて初めてだ。喧嘩で敗けたのは・・・・・」
「まあ、いいってことよ。それより熊、食い物ねえか?」
「いくらでもありまさあ。飯でも、肉でも」
「そうかい、ありがてえな。俺に馳走してくれねえか」
「任せてくだせえ。ところで、おらあ。あなた様を何て呼べばよろしいんですかい?」
「俺か?俺は風介だから。風さんって呼んでくれよ」
あばら屋の中に熊に続いて入る。4畳半程度の土間と6畳位の和室らしき部屋がある。
和室には、熊が寝ていた使い古したせんべい布団が敷かれてあったが、慌てて隅に押しやり、腰を下ろすように進められた。
「親分、どうぞ。汚ねえところですが」
「おい熊、親分は止めろよ。風さんで構わねえよ」
「いや、おらあ、あなた様に惚れたんだ。ぜひ子分にしてくだせえ」
「まあ好きにしなよ。それより熊、まずは飯だ飯だ」
慌てて土間からでかい鍋とおひつを俺の前に並べた。
薄汚れて少し汚ねえ丼に釜から玄米飯を山盛りによそる。
鍋からはこれまたでかい木のお椀にゴロゴロ肉が入った味噌味の汁物が盛られた。
冷えちゃあいるが、腹が減ってる俺にゃあどうでもいいことだ。
山盛りに3杯飯を平らげ、汁椀も2杯おかわりをした。
「ふぅ、やっと心地がついたぜ。熊、馳走になったな。さてと、ブラブラしてみるか」
「お、親分、どこに行きなさる。しかもまだ夜中ですぜ」
「あてなんざ、ねぇよ。行き当たりばったりで、行き倒れでばったりってとこだ」
「親分、よかったら、朝までここで休まれたら・・・・・この山はクマも狼も出るし」
「クマはおめえのことだろう」
「いや俺じゃなくて本物の熊。山の主は1丈はゆうに超す大物」
「1丈ってえと3mってことか。なかなかでかいな。それに狼もいるのかい」
「へい、先ほど外で、親分が投げ飛ばしたやつも、アイツも狼なんです。俺が番犬の代わりに赤ん坊のころから育ててきたから、親だと思ってるんでさ」
おい参ったね。さっきの犬ころ。
ありゃあ狼だったのかよ。
確かに凶暴なツラしていやがった。
「通常の人間なら一噛み。山の主の大熊とも渡り合う、俺の仲間でさあ」
そうか、そんな立派な狼さまを放り投げてしまったのか。悪かったな。
ふと気配が感じられた入口辺りに目線を送ると、なんと話題の狼さまがじっとのぞきこんでいる。
自分の親だと信じている熊の敵なのか、それとも味方なのか?見定めているようだ。
俺の目線に気がついたのか、熊も入口に目線を送り狼を確認した。
「おう、イヌコロ。おめえ大丈夫だったか?」
「グルグルグル・・・・・」
まるで飼い犬のように喉を鳴らす。
確かにデカイし顔も狼そのもの。体長は2mをゆうに超えている。犬より足が長く眼が妖しく金色に光っている。
「おう、無事だったか。悪かったな。勘弁しろよ」
じっと俺をのぞきこんでいる。突然現れた怪物の正体を見極めようとしているようだ。
「どうした? こっちに来いよ」
俺が手招きすると、しばらく迷っていたが恐る恐る近づいてきた。
頭を下げて腰を屈めるような様子で、足元に近寄ってきた。
頭を撫でる瞬間ビクッと動いた。
「おう、いい子じゃねえか」
「こいつあ驚いた。このイヌコロが大人しくおれ以外に撫でさせるなんて。普通のヤツなら一噛みだぜ」
安心したのかいまは俺に撫でられ、喉をゴロゴロ鳴らしている。
「なんでえ、こいつの名前。イヌコロって言うのかい?」
「へえ、親分、しっかし、さすが親分だ。まるで仔犬みてえになついてる。やっぱ親分は魔人さまだ」
「偶然だよ。気が合うんだろう」
イヌコロはデカイ体を仰向けにして、お腹を見せていた。俺に完全服従のポーズである。
「おうおう、イヌコロ。おめえも親分の子分になるか」
困ったもんだぜ。あっちの世界から飛び込んできて、早速、子分ができちまった。
しかも熊と狼だぜ。まったく。
とりあえず、どんな世の中なのかまずは見極めねえといけねえな。
鬼が出るか、蛇が出るか、楽しみになってきやがった。
何となく人の気配はあるようだ。隙間だらけの引き戸から、そっとのぞきこんだ。
真っ暗で何にも見えねえな。
雲間から朧月が顔を出し、あばら屋のわずかな隙間から薄明かりが建物の中を照らす。
ふん、誰かが寝てるようだ。微かだが寝息が聞こえるぜ。
しっかし腹減ったな!何か食い物がねえかな。ほんの少しでもいいからよ・・・・・
「グウッ!」
ヤバいぜ。腹が鳴りやがった。しかも、バカでかい音で。
「誰だっ!」
ヤバいぜ。気付かれちゃったぜ。
「誰だっ! 返事しねえか!」
雷のようなデカイ声が響き渡る。ボロ小屋の中で巨大な影がむっくりと起き上がった。
誰だって言われても、こっちもどう名乗っていいのかわからねえ。
とりあえず相手の出方をみるか。
巨大な影が起き上がり、ゆっくりと引き戸に向かってくる。
二三歩下がって待つことにした。ガラッと引き戸が開けられ、影が外に踏み出した。
月明かりが巨大な影を照らす。190はゆうにあるかもしれねえな、まるで熊のような野郎だ。
体重も150㎏はありそうだ。髪は長く獣のような剛毛を後ろにひとつにまとめている。
顔は髭だらけ、まさしく熊男だ。
「誰だ? てめえは?」
耳が痛くなるようなデカイ声だ。
しょうがねえ、黙っていても始まらねえから名乗ることにした。
「風介だ!」
「ふうすけ、だと!何しに来やがった?」
髭面の中で凶暴そうな目が光る。しかも右手にはどでかい鉈を持ってるぜ。
「わざわざ俺んとこに物を届けに来やがったか。命が惜しかったら、身ぐるみ脱いで置いていけ」
俺もあっちの世界じゃあ、ゴロまいて遅れをとったことなぞねえ。やる気なら、やってやるぜ!
「熊野郎が、デカい口たたくんじゃねえ!」
生まれてこのかた、光り物持った相手とも何度もお手合わせしてる。
身構えると同時にブンと風を切って鉈が肩口に降り下ろされた。
遅えな、まるでスローモーションの映画みてえだ。
鉈を軽くかわして、熊野郎の胸元に入ると同時に髭面のど真ん中、鼻柱に軽く頭突きを決める。
2、3メートルはぶっ飛び、引き戸をぶっ壊してぶっ倒れた。
真っ赤な血飛沫が噴水のように上がって、半分意識はぶっ飛んだようだ。
「おい、大丈夫か?」
ぶっ倒れている熊野郎の顔をのぞきこみながら声をかけた。
「誰なんだ?おめえ、いやあんたは?」
何も答えずに、そばに転がっている鉈の金属部分を軽く殴った。まるで発泡スチロールのオモチャみてえに粉々にくだけ散った。
それを見ていた熊野郎。まるで化け物を見るみてえに、俺を呆然と眺めている。
「あんたは、いやあなた様は人間じゃねえな。化け物か?神さまか?」
まったく困っちまったぜ。俺はこの世界じゃあ人間じゃねえようだ、これじゃあ確かに化け物だ。
「おめえの名前は?」
俺の質問に、熊野郎は起き上がり地面に正座して答えた。
「熊、っていいます。百人力の熊って呼ばれてます」
「熊、おめえは山賊か?」
「へえ、この界隈では知らねえ奴はいねえ半端者。おらあ生まれて初めてだ。喧嘩で敗けたのは・・・・・」
「まあ、いいってことよ。それより熊、食い物ねえか?」
「いくらでもありまさあ。飯でも、肉でも」
「そうかい、ありがてえな。俺に馳走してくれねえか」
「任せてくだせえ。ところで、おらあ。あなた様を何て呼べばよろしいんですかい?」
「俺か?俺は風介だから。風さんって呼んでくれよ」
あばら屋の中に熊に続いて入る。4畳半程度の土間と6畳位の和室らしき部屋がある。
和室には、熊が寝ていた使い古したせんべい布団が敷かれてあったが、慌てて隅に押しやり、腰を下ろすように進められた。
「親分、どうぞ。汚ねえところですが」
「おい熊、親分は止めろよ。風さんで構わねえよ」
「いや、おらあ、あなた様に惚れたんだ。ぜひ子分にしてくだせえ」
「まあ好きにしなよ。それより熊、まずは飯だ飯だ」
慌てて土間からでかい鍋とおひつを俺の前に並べた。
薄汚れて少し汚ねえ丼に釜から玄米飯を山盛りによそる。
鍋からはこれまたでかい木のお椀にゴロゴロ肉が入った味噌味の汁物が盛られた。
冷えちゃあいるが、腹が減ってる俺にゃあどうでもいいことだ。
山盛りに3杯飯を平らげ、汁椀も2杯おかわりをした。
「ふぅ、やっと心地がついたぜ。熊、馳走になったな。さてと、ブラブラしてみるか」
「お、親分、どこに行きなさる。しかもまだ夜中ですぜ」
「あてなんざ、ねぇよ。行き当たりばったりで、行き倒れでばったりってとこだ」
「親分、よかったら、朝までここで休まれたら・・・・・この山はクマも狼も出るし」
「クマはおめえのことだろう」
「いや俺じゃなくて本物の熊。山の主は1丈はゆうに超す大物」
「1丈ってえと3mってことか。なかなかでかいな。それに狼もいるのかい」
「へい、先ほど外で、親分が投げ飛ばしたやつも、アイツも狼なんです。俺が番犬の代わりに赤ん坊のころから育ててきたから、親だと思ってるんでさ」
おい参ったね。さっきの犬ころ。
ありゃあ狼だったのかよ。
確かに凶暴なツラしていやがった。
「通常の人間なら一噛み。山の主の大熊とも渡り合う、俺の仲間でさあ」
そうか、そんな立派な狼さまを放り投げてしまったのか。悪かったな。
ふと気配が感じられた入口辺りに目線を送ると、なんと話題の狼さまがじっとのぞきこんでいる。
自分の親だと信じている熊の敵なのか、それとも味方なのか?見定めているようだ。
俺の目線に気がついたのか、熊も入口に目線を送り狼を確認した。
「おう、イヌコロ。おめえ大丈夫だったか?」
「グルグルグル・・・・・」
まるで飼い犬のように喉を鳴らす。
確かにデカイし顔も狼そのもの。体長は2mをゆうに超えている。犬より足が長く眼が妖しく金色に光っている。
「おう、無事だったか。悪かったな。勘弁しろよ」
じっと俺をのぞきこんでいる。突然現れた怪物の正体を見極めようとしているようだ。
「どうした? こっちに来いよ」
俺が手招きすると、しばらく迷っていたが恐る恐る近づいてきた。
頭を下げて腰を屈めるような様子で、足元に近寄ってきた。
頭を撫でる瞬間ビクッと動いた。
「おう、いい子じゃねえか」
「こいつあ驚いた。このイヌコロが大人しくおれ以外に撫でさせるなんて。普通のヤツなら一噛みだぜ」
安心したのかいまは俺に撫でられ、喉をゴロゴロ鳴らしている。
「なんでえ、こいつの名前。イヌコロって言うのかい?」
「へえ、親分、しっかし、さすが親分だ。まるで仔犬みてえになついてる。やっぱ親分は魔人さまだ」
「偶然だよ。気が合うんだろう」
イヌコロはデカイ体を仰向けにして、お腹を見せていた。俺に完全服従のポーズである。
「おうおう、イヌコロ。おめえも親分の子分になるか」
困ったもんだぜ。あっちの世界から飛び込んできて、早速、子分ができちまった。
しかも熊と狼だぜ。まったく。
とりあえず、どんな世の中なのかまずは見極めねえといけねえな。
鬼が出るか、蛇が出るか、楽しみになってきやがった。