闇の中の灯~ヤミノナカノトモシビ~

文字数 2,942文字

西暦2092年5月24日、12:06――。

国会議事堂周辺に展開する黒服の集団があった。
その肩には赤い三つ目のマークがあり、それが日本の誇る最大の超能力対策組織”超能力災害対策局”の実働部隊”Black Dog”であることの証明であった。
彼らは戦闘集団であるにもかかわらず、その手に銃火器を持ってはいない、その手にあるのは超能力調整機器である”アーツデバイス”だけである。
しかし、それでも彼らこそが個人戦闘において最強を誇る存在であることは内外によく知られていることである。
超能力者とはそれ自体が”兵器”とみなされる存在であり、この場にいる人員はすべて何もなしで人を――さらには車両兵器すら屠ることのできる超人たちであった。

「全隊員準備はいいな? これより国会議事堂内に突入。敵超能力部隊の制圧を遂行する」

指揮官がそう宣言すると、周囲の隊員たちは一斉に行動を開始する。
ある者はテレポートで国会内にジャンプし、ある者は空を飛んで国会議事堂の屋根へと上がった。
そのような行動ができないものは徒歩で国会の門をくぐっていく。――と、不意に国会の門の前に空間の歪みが生まれた。

「?!!!!」

その突然の事態に”Black Dog”は警戒態勢を敷く。
空間の歪みを中心に部隊を展開し、その手のアーツデバイスを構えたのである。

「これは――TRA?!!」

その空間の歪みを通って表れたのは巨大な人型兵器であった。
これは彼らは知らない事実であったが、TRA4Sと呼ばれるフラメス共和国の最新鋭機体である。
その手には十字架のような形の刀身を持った両刃の長剣が握られている。

「動きを止めろ!!」

その叫びと共に”Black Dog”隊員全員がアーツデバイスを起動する。それで、巨大な人型兵器であろうと制圧できるはずであった。

「効かないっすよ――」

そんな女性の声がTRAから響く。
その手に握られた十字架剣が輝きを発した。

「補助ボーテック機関、出力開放――。切り裂け!」

ズバ!!!

TRAのその手の十字架剣が一閃される。
それで、その場にいた”Black Dog”隊員の多くが吹き飛んでいった。

「フン――、超能力者ごときがこの機剣”ジョワユーズ”を押さえられると思うっすか?」

吹き飛び、その場に突っ伏してなお息のある”Black Dog”隊員にその剣の切っ先を向けるTRA。

「さあ――聖剣の前で懺悔するっす日本人ども――。
そうすれば、一思いに殺してあげるっすよ」

そうつぶやくTRAパイロットは、あまりに暗い炎を瞳に宿していた。

「――おい、何をしている。
お前の仕事は別にあるだろう?」

そう中国語で話したのはTRAと共に空間の歪みから現れた超能力者である。

「あたしに命令する権利はないっすよ?
あたしは”赤き血潮の輪の結社”から、あんたらの作戦に協力するように言われているっすが、命令に従う必要はないって言われてるっす」

「それはそうだろうが――、いいのか? 死ぬぞ?」

その言葉を聞いたTRAはその剣を引いて周囲を警戒する。――そこにソレが着弾した。

「く?!!!」

それは電磁障害煙幕弾であった。TRAはその煙に巻かれて全レーダーの機能を喪失する。

「”Black Dog”は後方に下がって!!!
そいつは私が相手します!!!!」

そう叫んだの幼そうな少女の声であった。

「クソ……、別動隊?! それも、これはTRAか!!!!」

そう叫ぶTRAの目前に別のTRA――92式戦術機装義体C型が姿を現した。
その肩には桃のマークがあしらわれている。

「モモ――、十分気をつけろ!!!
そいつは手ごわいぞ!!!」

桃華の耳に藤原の声が響く。
――そう、その機体のパイロットは桃華だったのである。

「例の情報によると――こいつも、私と同じ実験体なんだって?」

「そうだ、そいつの名は湊音――。青嶋(あおしま) 湊音(みなと)
モモと同系列の実験体で――、戦闘歴はモモよりはるかに長い危険人物だ」

「フン……それって要するに旧式ってことじゃない。
私の敵じゃないわよ!!」

桃華は、周囲の”Black Dog”隊員の退去を待ってから、その手の40㎜小銃の引き金を引く。
それは的確に湊音のTRAの装甲を穿った。

「クソ――、あたしの邪魔をするな」

そう叫びつつ防御姿勢で回避運動をする湊音。
何とか銃弾は装甲の一部を剥がすにとどまる。
さらに湊音はTRAの腰に設置された対戦車手りゅう弾を桃華に向かって投擲する。
――しかし、

「はは!!! 思いっきり邪魔してやる!!!」

その手の40㎜小銃が咆哮をあげて、銃弾が手りゅう弾を空中で誘爆させる。

「こいつ――、この動き――まさか、あたしと同じ?!」

その事実に行き着いた湊音は、唇をかんでその場から市街地に向かって駆ける。
もはや、RONの作戦に協力するどころではなかった。

「逃げるんだ?!」

桃華が挑発するようにそう言い放つ。それに対し湊音は――、

「いまだ日本人に使われている馬鹿に――、本当の正義ってやつを見せてやるっす!!」

そう叫びながら市街地を駆け抜けていったのであった。
桃華はその背後を追いかけつつ小さく呟く。

「あんたに正義なんてあるもんか――。
このクソテロリストが――」

その瞳にははっきりと燃える怒りの炎があった。


◆◇◆


国会議事堂内を悠然と歩く女がいる。
その瞳は赤く輝き、周囲にいる無数の敵超能力者を床に押しつぶしている。

「まさか――こいつ。”女神”?!」

”龍牙刃”隊員の一人がそう叫ぶ。
その言葉に反応するように女性を中心に光輪が輝いた。

ドン!!!!!!

それはあまりにも強力すぎる念動力。
その最大出力を発揮した場合、護衛艦すら鉄のブロックに変えられる力場が”龍牙刃”隊員を押さえこんでいく。
その場に身動きのとれるものは存在しなかった。

「トウマ――。こいつらは殺しちゃダメなんだよね?」

その耳に着けたイヤホンから男の声が聞こえてくる。

「駄目だぞ? しっかりと尋問しなきゃならんからな」

「めんどくさいね――」

「力押しばかりじゃだめだぞ?
最近、アスカは作戦行動が大雑把になってるからな」

「むう――」

その女性――、”女神”アスカは頬を膨らませて声の主に抗議を示した。
――と、不意にアスカの顔から感情が消える。
誰も身動きが取れないはずのその場に、立って歩く者がいたからである。

「RONの――S級超能力者。
(リュウ) 颯懍(ソンリェン)――」

RONの軍事の最高戦力たる個人がその場に立っていた。

『これは名高き”女神”のご尊顔を拝見できるとは――。
光栄の極みですな――』

そう綺麗な中国語で話す”呂 颯懍”に、アスカは至極真面目な顔で答えた。

「日本語で喋れよ――」

その辛辣な言葉に”呂 颯懍”は一瞬言葉を失った。

「これは失礼デス――。
ご気分がすぐれないようで――」

そう日本語で言い直す”呂 颯懍”にアスカは無表情で答えた。

「あんた等はここで終わりよ”呂 颯懍”。
うちの首相は、あんた等を自分の命を使っておびき寄せたんだ」

「そうデスか――。
まあ、そうだとしても我々の実行する任務は変わりありマセン。
反RONの先鋒である”鹿嶋 蓮司”を始末し、我々の力を日本の馬鹿どもに知らしめマス。
そのためのワタシですから――」

日本の永田町――、その一角で核兵器レベルの超能力者二人の一騎打ちが始まろうとしていた。
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登場人物紹介

小柄な中学生くらいの見た目の少女。

人工的に合成された遺伝子による人造人間であり、肉体年齢的にはもう中学生程だが、実年齢はまだ9歳に過ぎない(本編第一話の時期)。

その身体能力は極めて高く、強化義体によるサイボーグでもないのに、それと同等の運動能力を発揮できる一種の超人である。

その能力の高さは、知能に関しても同等であり、大学レベルの論文なら一瞬にして理解できる知能を有する。

その能力に裏打ちされた性格は極めて尊大であり、自身を『天才』だと言ってはばからない、多少他人を見下しがちな悪癖を持つ。

しかし、そんな彼女の本質は極めて純真で、他人を思いやる気持ちに満ちた、本来は戦争行為など行えない優しい性格をしている。

すぐに他人の気持ちを察知できる頭脳の持ち主なので、必要な時は決して他人を不快にさせる言動はしない。

それほど純粋な性格に育ったのは、育ての親である研究者たちに、大切に育てられたことが大きく影響している。

なにより、平和な日常を守ることを使命だと考え、テロリズムには自身のできうる限りの苛烈な暴力で制圧を行う。

日本陸上国防軍・二等陸佐である優男。通称『おじさん』。

第8特務施設大隊の大隊長であり、桃華の後見人にして直轄の指揮官でもある。

そこそこ整った顔立ちのイケメンだが、多少くたびれた雰囲気があり周囲には昼行燈で通っている。

国に奉仕することを第一とする典型的な軍人ではあるが、政府の行った闇の部分には思うところがあるようで、自分をその手先の『悪人』だと思っている節がある。

海外の生まれであり、そこで戦争に巻き込まれ家族全員を失っている。

その時に救ってくれた日本国防軍のとある人物(現在は国防軍の高官)の推薦で国防軍に入ることとなった。

このため、心の中では戦争やテロリズムを憎悪しており、それを引き起こそうとする人物に対しては、容赦しない苛烈な部分を持つ。

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