第1話

文字数 996文字

 濡れた石畳に靴音が響く。ハイヒールほど高音じゃなく、革靴ほど重たくない。私の真っ赤なエナメルの靴は、かろやかな音楽を奏でてる。
 黄色い街灯の灯りの中に、濡れないくらいの霧雨が降っているのが見える。私は手に持った黒いレースの傘をくるりと回す。ミニ丈の黒いドレスの裾がふんわりふくらむ。
 太陽の光なんて大嫌い。日焼けするだけよ。誰もいない夜の街はとっても気持ちがいい。
 スキップしてターンしたら、コウモリがやってきた。ヒラヒラと宙を舞って、ドラキュラ伯爵家のダンスパーティーへ誘ってくるけれど、今日は気分じゃないの。こんなに素敵な月のない夜なのだもの。
 それなのにコウモリったら、あきらめきれないみたい。うるさく私の周りを飛び回ってる。
 私は足を止めて、傘をさっと振った。傘は元の姿、つまり(ほうき)に変わると、空中にピタリと静止した。椅子に座るみたいに優雅に腰掛けると、箒はコウモリを置き去りにして、闇夜に高く舞い上がった。ダイヤモンドの欠片みたいにきらめく、細かな霧雨を通り抜けて。
 下界を覗き込むと、コウモリがずうっと下の方で、私を探してウロウロしているのが見える。私はクスクス笑いがとまらなくなった。すっかり楽しい気分になって、私はちょっとイタズラしたくなった。
 街中の信号機を赤にして、夜更かしさん達がいる家の灯りを消して回り、動物園の檻のドアを全部開け放つ。あっはっは!
 箒もはしゃいで夜空を飛び跳ねて・・・・・・バサッ! コナラの木に突っ込んで、引っかかっちゃった。実っていたどんぐりが落っこちる。
 バラバラッと大粒の雨が降ったみたいな音がして、「うわぁっ!」と悲鳴が聞こえた。
 あれれ? こんな夜中に、誰かいたの?
 私はコナラの木の葉にさっと隠れて、そうっと下をのぞいてみた。
「どんぐり? リスが寝ぼけたのかな?」なんて言って、頭をさすりながら上を見上げたのは、キュートな男の子!
 私は彼に見つからないように木から飛び降りた。そして恋の呪文を唱えようとして・・・・・・唇に人差し指をあてて魔法の詠唱をとめた。
 彼の前に素敵なムーンレスナイトの景色を描いたイーゼルがあったから。それに手に真っ赤なカリーナの実も持っている! カリーナの種はハートの形。私の心臓がキュッと鳴った。
 人間みたいに恋してみるのも悪くないかもね?
「ごきげんよう、人間!」
 私は彼の前に飛び出して、にっこり微笑んだ。
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