日常の一コマ編

文字数 2,128文字


 リス/レンガ/腐った根性

「見せびらかすから悪いのよ」
 と、女はふて腐れて言った。
 女のクロゼットには、親しかったはずのママ友の家からくすねてきたバッグやアクセサリーが、まるでリスの巣のように溜め込まれていた。
「レンガ造りの洋館になんか住んでるのがムカツクの。いつか家もダンナも盗ってやろうと思っていたのに」



 キュウリ/アイロン/負けられない戦い

 キュウリの馬とナスの牛を並べた縁側で、風を通しながら夫のワイシャツにアイロンをかけていた私は、その衿に見慣れぬ色の口紅の跡をみつけた。
 ああやっぱり。
 かつて母が戦って敗れたあの戦を、私もこれから戦うのだ。
「負けない」
 見ていてお母さん。私は牛と馬に向かって呟いた。



 ピーマン/城/本気のデコピン

 ピーマン食べられないぃ、こいつぅ、などとつつきあっているバカップルのテーブルにお冷やを注ぎにいく。
 私が男なら本気のデコピンをお見舞いするとこだわ。
 二人は新婚旅行のパンフを広げて笑いあっている。
 いいなあロマンチック街道。
 だれか私を連れて行ってよ。舞浜のシンデレラ城でもいいからさ。



 色鉛筆/ポスター/大学

 駅前に大学祭のポスターが張り巡らされる季節になった。
 卒業以来一度も足を運んでいないのは、結局絵かきを諦め、就職にも失敗し、フリーターをやっている自分が情けないからだ。
 今年のポスターは何だか品がないな、と思いながら、机にしまい込んだ百色の色鉛筆を思う。
 空は高く澄んでいた。



 美術館/ボンド/炎

「何ですかこれ」
「昔あの丘の上にあった美術館です」
 老人は微笑んだ。
 完成したばかりの洋館の模型は、ボンドの匂いがする。
「火事で全焼しまして、貴重な絵画も炎と共に消えました」
 彼の祖父がその美術館の館長だったのだという。
 小さな模型の中には彼にしか見えない絵が飾られているのかもしれない。



 かんざし/波/物干し竿

 祖母の家はいつも波の音が聞こえる。
 幼い頃遊びに行くと、漁師だった祖父が獲った魚が物干し竿に幾つもぶら下がっていて、お魚を洗濯したのと尋ねて笑われたものだ。
 これがあんたへの形見だよ、と伯母が箪笥から出してくれたのは、祖父が昔手作りして祖母に贈ったという貝細工のかんざしだった。



 しりとり/ロマンチック/から揚げ

「ロマンチック、クリスマス、ステキ」
 そんなしりとりをしながら隣を歩くカップルを心の中で呪っていると、「から揚げいりませんか」の声。 
 サンタの衣装のメガネっ娘が、露店の台越しに売れ残りのパックを差し出している。
「…お疲れ」
 思わず呟いて財布を出すと、彼女は笑った。ちょっと可愛かった。



 にきび/胃袋/かもめ

 ユリカモメが川の上に鳥柱を作る季節になった。土手の上を帰って行く学生たちの息も白い。
 橋のたもとの小さな店に、ニキビ面のむさ苦しい男子がぎゅうぎゅうと押しかけて、胃袋いっぱいにラーメンを詰め込む。
 その汗の浮いた鼻の頭を見るのが幸せです、と、店主の老婆は微笑んだ。



 トロフィー/コスプレ/コンタクトレンズ

 真っ赤なウィッグ、カラーコンタクト、つけまつげに濃い化粧。
 鏡の中の自分は完璧な美少女だった。
 街であの女とすれ違っても、まさか息子だとは気づくまい。母に都合のいいトロフィーを持ち帰る真面目な僕ちゃんは平日だけだ。
 俺はにんまり笑って秋葉原へ向かう。俺の素顔を知らない友達が待つ天国へ。



 感謝感激雨あられ/愛想笑い/日記

 ホントありがとうございます、感謝感激雨あられ、と大袈裟に拝み倒す営業マンに愛想笑いを返しながら、私は妄想する。
 この男がこんな貧相なハゲ親父じゃなく、私好みの美少年だったらどうかしら。
 せめて日記には、イケメン年下男にお礼をかねて食事に誘われたけど断った、と書いておこうかしら。



 ヨーグルト/ペンキ/踏切

 寝坊して大慌てで車に飛び乗ったら、開かずの踏切にがっちり捕まってしまった。
 潔くエンジンを切ってぼんやりと窓の外を眺めると、すぐそばでペンキ塗りをしているおじさんと目が合った。
「ほっぺにペンキついてますよ」
 私が言うと、彼もにっと笑った。
「姉ちゃんも鼻の頭にヨーグルトついてるで」



 牛/押し入れ/深刻な家族会議

 深刻な家族会議は次第にただの愚痴の言いあいになり、やがて僕の悪口になった。
 サラブレッドの一家に生まれた牛だ、と姉の罵る声がする。
 僕は押し入れの中で唇を噛み、描きためた漫画の原稿が詰まった鞄を抱きしめた。
 東京行きの切符の日付は明日。もうここには戻らないと決めていた。



 ヒマワリ/コンクリート/草分け的存在

 俺たちはただ呆然と、その研究の草分け的存在と謳われた恩師の小さな背中が門を出て行くのを、見送るしかなかった。
 学内の派閥抗争のくだらなさに歯がみする俺の背を友人が叩き、黙って傍らの路肩を指さす。
 そこにはコンクリートを割って高く伸びたヒマワリが、今にも花開こうとしていた。
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