ヤマダ
文字数 3,457文字
ホームルームが終わるとダッシュで部活のある体育館へと急ぐ。
誰よりも早く行く。
早く行けば早くあの人に会える。
彼は私と同じように朝早くに朝練に来て最後の片付けが終わるまで残っている。
朝はいつも私の次に早く来る。
だから私たちはみんなが来るまで二人になることがあった。
けれどお互い無口で、話が弾んだりすることはなかった。
時々ポツリと話したり、無言でいたり。
その時間がとても居心地がよくて、人見知りな私でもオワリ君と二人でいることは嫌ではなかった。
むしろこの時間がずっと続いてほしいと思っていた。
眠る前に今日交わした言葉を思い出す。
だいたいが数えられるくらいしかない。
話をしない日だってあった。
おはよう
早いね
バイバイ
それだけの日もあった。
話をしていなくても同じ空間にいられる部活の時間は、視界の片隅でオワリくんの気配を感じている。
こっちを見ているのだろうかと思うような時もあったけれど、そんなはずはない。
6月。
オワリくんが傘を貸してくれた。
朝練の時間よりもずっと早く登校する私は、その日に限って天気予報を見ずに家を出た。
その日は天気の急変で、みんなが登校する時間にはもうどしゃ降りで、部活を終えた帰宅時間になってもまだ雨は降り続いていた。
最後の片付けを終えてから玄関に向かうとオワリくんがいた。
玄関に立ち尽くす私をチラリと見た気がした。
オワリくんは傘を開いて2、3歩歩き、こちらを振り返ると
「ヤマダさん、傘…ないの?」
と聞いた。
「えっ…うん」
うなずくと、オワリくんはこちらに引き返してきた。
一瞬相合傘かななんて期待もしたけれど、オワリくんは傘を私の方に差し出した。
「…教室に置き傘があるから」
そう言って傘を私に渡すと、教室の方に走って行ってしまった。
傘を返した次の日の部活の間中、オワリくんは何度もくしゃみをしていた。
オワリくんと花火大会に行きたい。
毎年7月の第3金曜日に近くの河川敷である花火大会。
どうしたら彼を誘えるだろう。
部活の前に会えた時。
それしか思い付かなかった。
今日言おう、今日言おうと思いながら毎日が過ぎた。
二人きりの時が何度もあったのに。
言い出せない毎日を過ごしているうちに7月に入り、少しすると急にオワリくんは放課後の練習に早く来ることがなくなった。
なぜだろう。
それでも1週間はいつも通り走って部活へ向かった。
オワリくんのクラスの方を振り返りながら体育館へ向かった。
オワリくんは練習には来るけれど、早くは来ない。
私との時間が嫌になったんだろうか。
心当たりはないけれど。
誘うチャンスがなくなってしまった。
元からそんなチャンスは無いに等しかったけれど。
チャンスどころか一言も言葉を交わせない日さえあったのだから。
だけど私の心の中のもやもやは消えなかった。
花火大会当日。
今日ならまだなんとか間に合う。
昨日の夜から頭の中で計画を立てていた。
今日は教室でオワリくんが体育館へ向かうのを待つことにした。
オワリくんは私の教室の前を通る。
早いか遅いかわからないから、教室の廊下側のドアからオワリくんが見えたら私も向かい、その途中で声をかける。
もう後がないのだから、大丈夫、できるはず。
休み時間。
隣の席のキノシタさんのところにオワリくんと同じクラスのウエクサさんがやってきた。
「今日初デートなんだー!」
ウエクサさんとは同じクラスになったことはないけれど、時々キノシタさんのところに遊びに来るし、いろんな人と仲が良いので、名前は自然と知っていた。
「今日は花火大会だし、デートにはピッタリだねっ!」
キノシタさんが自分のことのようにはしゃいでいる。
いいなあ、すごく楽しそう。
今日ってことは、もしかして花火大会に行くのかな。
そんなふうに羨ましく思っていた。
私もウエクサさんみたいにスラッとして綺麗な顔に生まれていれば、理由なんてなくたって、オワリくんに話しかけることくらいできたかもしれない。
放課後になるまでドキドキが止まらなかった。
もしオワリくんのクラスが先にホームルームが終わって体育館に向かってしまうようなことがあったら。
誰かと一緒に部活に向かったら。
あり得ないことではない。
ホームルームの間中、全神経が廊下側のドアの方に集中する。
けれどオワリくんがやってくることはなかった。
ホームルームが終わって20分ぐらい。
ほとんどのクラスに人気 がなくなってきた。
そろそろ向かわないと部活に遅れてしまう。
その時、オワリくんのクラスの方からガタガタと椅子の音が聞こえ、誰かが出てくる気配がした。あわててカバンを手に取り、自分の教室の入り口に隠れた。
話し声が聞こえる。
人が通る気配を感じ、そっと覗くと、スラッとした長い手足が見えた。
ウエクサさんだ。
その隣にいるのは、ウエクサさんよりも背の高いオワリくんだった。
その間もウエクサさんはずっと喋っている。
「楽しみだなー!ね、部活が終わったら連絡してね、待ってるから!」
頭が追いつかなかった。
今日が初デートだと言ったウエクサさんの昼間の言葉が頭の中でグルグル回った。
そして今見た光景と重なり、私はその場にうずくまった。
オワリくんはどんな顔をしていたのだろう。
玄関の方へ2人が曲がって行った。
そうか、毎日玄関までウエクサさんを見送って、その足で体育館に向かって来てたんだ。
放課後の教室で二人でおしゃべりをして…。
涙が溢れてきそうだった。
でもこんなとこでは泣けない。
玄関へ向かった。
まだ2人がいるのが見える。
何か話している。
けれど、聞きたくない。
二人の視界に入らないように隠れながら、声も聞こえないように耳をふさいで、上履きのままダッシュで校舎から飛び出した。
気がつくと、学校の近くの公園の前まできていた。
「あれ?ヤマダさんじゃーん!」
キノシタさんだった。
「どうしたの?そんな急いで。」
キノシタさんには悪いけど、今は会いたくなかった。
「ヤマダさんてさ、いつもダッシュで帰ってるじゃん?珍しいね、あたしより遅いの!」
「あ、私バドミントン部で部活の準備のために早く行ってるんだ…」
上履きと気づかれないように足で足を隠すようにして、
涙に気づかれないように必要以上に笑顔で必要以上のことを答える。
「そうだったんだー! いいね、ダッシュしてまでやりたいことがあるなんてさー!
あたしはさ、そういうの何もなくって。だから、そういうのいいなって思うんだよねー!
まあ、せめて好きな人でもいればもうちょっとハリがあるんだろうけどねー。
あ、時々うちのクラスに来るカナってわかる?ウエクサ。ここの公園、いっつもあのコと来てたんだけどさ、あのコも最近彼氏ができてさー、今日花火だって、いーよねー。。
あ、ヤマダさんバドミントン部ってことは、カナの彼…」
キノシタさんのケータイが鳴った。
「あ、ごめん、あれ?カナだ」
「あ、じゃ、私、もう行くから…」
「うん、じゃ、また!」
キノシタさんが手を振ると、私は逃げるようにまた家に向かって走り出した。
やっぱりウエクサさんの彼氏はオワリくんなんだ。 どうして。いつから。なんで。ウエクサさんなら他の人でもいいじゃない。選んでくれる人たくさんいるじゃない。なんでオワリくんなの。
そんなふうに考える間でもなく溢れだしてくる感情に、だんだん自分で笑えてきて、走るのをやめた。
笑える。
私はオワリくんと一緒にいるために、何か頑張ったことがあっただろうか。
ただ走って部活に行って彼を待って交わした言葉の数を数えただけだ。傘を貸してもらってまた神様からの偶然が降ってくるのを期待して自分では何もしていないじゃないか。
そうだ、私は何もしていない。
できる時はあった。
できることもあった。
もっと話がしたい、もっと一緒にいたいと願った。
願った、それだけだ。
何もしないで何かが得られるなんて。
そんな都合のいい話があるか。
まだ終われない。
決めたんだから、今日花火大会に誘うって。
私はまた走り出した。
今度は学校の方に向かって。
学校に行けば、オワリくんは、いる。
話しかければ、答えてくれるはず。
話を聞いてくれるはず。
そしたら、言えばいい。
断られるって分かってたって。
オワリくんと、花火が見たいって。
あなたともっといっしょにいたいって。
もう待ってるだけの人生はやめにしよう。
オワリくんが私をどう思っているかなんて関係ない。
自分のために、ただ伝えよう。
あの雨の日に傘を貸してくれた彼を呼び止めて、一緒に帰ろうと言えなかった、あの時のような気持ちにはなりたくない。
さあ行こう。風穴を開けよう。
泣くのは後からいくらでもできる。
誰よりも早く行く。
早く行けば早くあの人に会える。
彼は私と同じように朝早くに朝練に来て最後の片付けが終わるまで残っている。
朝はいつも私の次に早く来る。
だから私たちはみんなが来るまで二人になることがあった。
けれどお互い無口で、話が弾んだりすることはなかった。
時々ポツリと話したり、無言でいたり。
その時間がとても居心地がよくて、人見知りな私でもオワリ君と二人でいることは嫌ではなかった。
むしろこの時間がずっと続いてほしいと思っていた。
眠る前に今日交わした言葉を思い出す。
だいたいが数えられるくらいしかない。
話をしない日だってあった。
おはよう
早いね
バイバイ
それだけの日もあった。
話をしていなくても同じ空間にいられる部活の時間は、視界の片隅でオワリくんの気配を感じている。
こっちを見ているのだろうかと思うような時もあったけれど、そんなはずはない。
6月。
オワリくんが傘を貸してくれた。
朝練の時間よりもずっと早く登校する私は、その日に限って天気予報を見ずに家を出た。
その日は天気の急変で、みんなが登校する時間にはもうどしゃ降りで、部活を終えた帰宅時間になってもまだ雨は降り続いていた。
最後の片付けを終えてから玄関に向かうとオワリくんがいた。
玄関に立ち尽くす私をチラリと見た気がした。
オワリくんは傘を開いて2、3歩歩き、こちらを振り返ると
「ヤマダさん、傘…ないの?」
と聞いた。
「えっ…うん」
うなずくと、オワリくんはこちらに引き返してきた。
一瞬相合傘かななんて期待もしたけれど、オワリくんは傘を私の方に差し出した。
「…教室に置き傘があるから」
そう言って傘を私に渡すと、教室の方に走って行ってしまった。
傘を返した次の日の部活の間中、オワリくんは何度もくしゃみをしていた。
オワリくんと花火大会に行きたい。
毎年7月の第3金曜日に近くの河川敷である花火大会。
どうしたら彼を誘えるだろう。
部活の前に会えた時。
それしか思い付かなかった。
今日言おう、今日言おうと思いながら毎日が過ぎた。
二人きりの時が何度もあったのに。
言い出せない毎日を過ごしているうちに7月に入り、少しすると急にオワリくんは放課後の練習に早く来ることがなくなった。
なぜだろう。
それでも1週間はいつも通り走って部活へ向かった。
オワリくんのクラスの方を振り返りながら体育館へ向かった。
オワリくんは練習には来るけれど、早くは来ない。
私との時間が嫌になったんだろうか。
心当たりはないけれど。
誘うチャンスがなくなってしまった。
元からそんなチャンスは無いに等しかったけれど。
チャンスどころか一言も言葉を交わせない日さえあったのだから。
だけど私の心の中のもやもやは消えなかった。
花火大会当日。
今日ならまだなんとか間に合う。
昨日の夜から頭の中で計画を立てていた。
今日は教室でオワリくんが体育館へ向かうのを待つことにした。
オワリくんは私の教室の前を通る。
早いか遅いかわからないから、教室の廊下側のドアからオワリくんが見えたら私も向かい、その途中で声をかける。
もう後がないのだから、大丈夫、できるはず。
休み時間。
隣の席のキノシタさんのところにオワリくんと同じクラスのウエクサさんがやってきた。
「今日初デートなんだー!」
ウエクサさんとは同じクラスになったことはないけれど、時々キノシタさんのところに遊びに来るし、いろんな人と仲が良いので、名前は自然と知っていた。
「今日は花火大会だし、デートにはピッタリだねっ!」
キノシタさんが自分のことのようにはしゃいでいる。
いいなあ、すごく楽しそう。
今日ってことは、もしかして花火大会に行くのかな。
そんなふうに羨ましく思っていた。
私もウエクサさんみたいにスラッとして綺麗な顔に生まれていれば、理由なんてなくたって、オワリくんに話しかけることくらいできたかもしれない。
放課後になるまでドキドキが止まらなかった。
もしオワリくんのクラスが先にホームルームが終わって体育館に向かってしまうようなことがあったら。
誰かと一緒に部活に向かったら。
あり得ないことではない。
ホームルームの間中、全神経が廊下側のドアの方に集中する。
けれどオワリくんがやってくることはなかった。
ホームルームが終わって20分ぐらい。
ほとんどのクラスに
そろそろ向かわないと部活に遅れてしまう。
その時、オワリくんのクラスの方からガタガタと椅子の音が聞こえ、誰かが出てくる気配がした。あわててカバンを手に取り、自分の教室の入り口に隠れた。
話し声が聞こえる。
人が通る気配を感じ、そっと覗くと、スラッとした長い手足が見えた。
ウエクサさんだ。
その隣にいるのは、ウエクサさんよりも背の高いオワリくんだった。
その間もウエクサさんはずっと喋っている。
「楽しみだなー!ね、部活が終わったら連絡してね、待ってるから!」
頭が追いつかなかった。
今日が初デートだと言ったウエクサさんの昼間の言葉が頭の中でグルグル回った。
そして今見た光景と重なり、私はその場にうずくまった。
オワリくんはどんな顔をしていたのだろう。
玄関の方へ2人が曲がって行った。
そうか、毎日玄関までウエクサさんを見送って、その足で体育館に向かって来てたんだ。
放課後の教室で二人でおしゃべりをして…。
涙が溢れてきそうだった。
でもこんなとこでは泣けない。
玄関へ向かった。
まだ2人がいるのが見える。
何か話している。
けれど、聞きたくない。
二人の視界に入らないように隠れながら、声も聞こえないように耳をふさいで、上履きのままダッシュで校舎から飛び出した。
気がつくと、学校の近くの公園の前まできていた。
「あれ?ヤマダさんじゃーん!」
キノシタさんだった。
「どうしたの?そんな急いで。」
キノシタさんには悪いけど、今は会いたくなかった。
「ヤマダさんてさ、いつもダッシュで帰ってるじゃん?珍しいね、あたしより遅いの!」
「あ、私バドミントン部で部活の準備のために早く行ってるんだ…」
上履きと気づかれないように足で足を隠すようにして、
涙に気づかれないように必要以上に笑顔で必要以上のことを答える。
「そうだったんだー! いいね、ダッシュしてまでやりたいことがあるなんてさー!
あたしはさ、そういうの何もなくって。だから、そういうのいいなって思うんだよねー!
まあ、せめて好きな人でもいればもうちょっとハリがあるんだろうけどねー。
あ、時々うちのクラスに来るカナってわかる?ウエクサ。ここの公園、いっつもあのコと来てたんだけどさ、あのコも最近彼氏ができてさー、今日花火だって、いーよねー。。
あ、ヤマダさんバドミントン部ってことは、カナの彼…」
キノシタさんのケータイが鳴った。
「あ、ごめん、あれ?カナだ」
「あ、じゃ、私、もう行くから…」
「うん、じゃ、また!」
キノシタさんが手を振ると、私は逃げるようにまた家に向かって走り出した。
やっぱりウエクサさんの彼氏はオワリくんなんだ。 どうして。いつから。なんで。ウエクサさんなら他の人でもいいじゃない。選んでくれる人たくさんいるじゃない。なんでオワリくんなの。
そんなふうに考える間でもなく溢れだしてくる感情に、だんだん自分で笑えてきて、走るのをやめた。
笑える。
私はオワリくんと一緒にいるために、何か頑張ったことがあっただろうか。
ただ走って部活に行って彼を待って交わした言葉の数を数えただけだ。傘を貸してもらってまた神様からの偶然が降ってくるのを期待して自分では何もしていないじゃないか。
そうだ、私は何もしていない。
できる時はあった。
できることもあった。
もっと話がしたい、もっと一緒にいたいと願った。
願った、それだけだ。
何もしないで何かが得られるなんて。
そんな都合のいい話があるか。
まだ終われない。
決めたんだから、今日花火大会に誘うって。
私はまた走り出した。
今度は学校の方に向かって。
学校に行けば、オワリくんは、いる。
話しかければ、答えてくれるはず。
話を聞いてくれるはず。
そしたら、言えばいい。
断られるって分かってたって。
オワリくんと、花火が見たいって。
あなたともっといっしょにいたいって。
もう待ってるだけの人生はやめにしよう。
オワリくんが私をどう思っているかなんて関係ない。
自分のために、ただ伝えよう。
あの雨の日に傘を貸してくれた彼を呼び止めて、一緒に帰ろうと言えなかった、あの時のような気持ちにはなりたくない。
さあ行こう。風穴を開けよう。
泣くのは後からいくらでもできる。