上の巻
文字数 2,464文字
武士だった。
名前のところは伏せよう。いまいち聞こえなかったし。それに、本名が知れ渡ると武士の
俺はコンビニから出てきたところに、いきなりその武士と遭遇した。
夕方の、うっとおしく小さな虫が飛び回る時刻で、俺は部活の帰りだった。それで、弓を背負っていた。それがまずかったのか。
弓道部だった。
俺は
成績は中の中、身長も中の中、顔はというと、集合写真から自分で自分の顔を見つけられないくらいの、平々凡々で、存在感の希薄な青少年だった。
やる気まんまんの武士は顔が濃かった。
それに対する俺は猛烈に顔の薄い男だ。
それ以前に、人間に矢なんか射掛けて、万が一当たったらどうすんだよ。死ぬかもしれねえじゃん。
そんなことしたら俺はどうなるの。平々凡々な高校生生活に終止符が打たれちまうじゃんかよ。
別にまだ逃げてねえのに武士にはそう言われた。
段々落ち込みながら、俺は語っていた。どうしようもなく
俺は渡辺さんの、ポニーテールにしたまっすぐな黒髪や、きりっとしててもサクランボ色で可愛い唇とか、ばら色のほっぺたとか、弓道部の紺色の
渡辺さんはたぶん可愛すぎる。
女子たちには、はるっちとか呼ばれている。
はるっちって雰囲気じゃねえじゃんと思うけど。ガサツな女子どもに、はるっちオハヨーとか言われて振り向く時の渡辺さんの、控えめだけど美少女そのものの笑顔が俺の胸に毎朝ガツンと来る。
でも通りすがりのエキストラのふりして、俺はいつも通り過ぎる。たぶん渡辺さんに実在の人物として認識されてすらいない。
我が物にした場合のことがいろいろ
もちろん内心だけだ。人通りのない田舎のコンビニ前とはいえ、本気でじたんばたんしてたら通報される。武士が通報されないのが謎なくらいだ。
俺は武士に
待っていてください、渡辺さん。今行きます。
渡辺さんはまだ、部活のあとも居残って、自主練しているはずだった。