第2話 初恋(前編)

文字数 2,395文字

 勇輝が、中学を卒業し高校の入学式までの間の春休みに入ったころ、4泊5日と少しながめの家族旅行で、日本海側の海岸沿いの町に来ていた。
「海水浴の季節でもないが魚や食べ物が美味しいから、受験で疲れた身体を癒すために、ゆっくりとしよう」
 との父の提案だった。
 家族旅行といっても、ゆったりするのが目的だったため、出掛けるのは食事くらいだった。
 父も母も、日ごろの仕事、家事の疲れを癒すため、旅館でのんびりと過ごしていた。

 この年齢になるとずっと家族で何もせず、一緒にいるのも苦痛なため、
「ちょっとフラフラ出掛けてくる」
 と許可を得て、海に出掛けた。

 海辺に出ると、正直まだ寒い。
 それを見込んでアウターを着ていたから、身体が冷える心配はない。
 浜辺でさざ波を見ながら、音を聴いているとリラックスできた。
 思ったより、人もまばらだった。

 目的もなく波打ち際を、20分ほどゆっくりと歩いていると、目の前に綺麗な女性が一人で、浜辺に座って海をぼーっと見ていた。
 背中まである長い髪。
 茶色に染めているけど、髪が風でサラサラと踊っていた。
『邪魔しない方がいいな』
 と思い、後方を通り過ぎようとしたときだ。
 女性の方から、
「こんにちは」
「珍しいわね。こんな年ごろの男の子が、浜辺を一人で歩いているなんて」
「ひょっとして、失恋でもしたのかな? おねーさんが、お話を聞いてあげようか?」
 と優しい声で、語り掛けてきた。
「いえ。高校受験が終わったので、家族でのんびりと旅行に来ただけですよ」
「ずっと、何もせず親と一緒にいるのも退屈なので出てきただけです」
 と答えた。
「そっか。失恋じゃないのか~、ざーんねん。仲間が来たと思ったのになー」
 と残念そうだった。

 何となく『ほっておけない感じだな』
 と思っていると、女性は隣をポンポンと叩き、
「よかったら。ここに座らない? 話し相手になってよ」
 とお願いしてきた。
 特に用事がある訳でもないので、
「それでは、失礼します」
 と隣に座った。

 女性は、満足そうに微笑んでいた。
 面と向かって見ても、とても綺麗な人だった。
 つい見とれてしまった。
 そんな自分を見て、女性は、
「私の顔に、何かついてる?」
 と聞いてきたので、
「あ、えっと、ですね。ちょっと見とれていました」
 と正直に答えた。
 すると、
「あら、お上手ね。そんなにイケメンくんだと、女の子にモテモテだったでしょ~ 口説くの慣れてるんだー」
 といたずらっぽく言ってきた。
「い、いえ。受験先が超進学校だったので、彼女なんて作る余裕なんてなかったですよ」
 と答えた。
「ほんとかなー?」
 とニコニコしていた。

「えーとね。私の名前は、鏡味美登里(かがみみどり)ね。おねーさんの独り言に、付き合ってくれる?」
 と自己紹介してきたので、
「自分は、白藤勇輝といいます。よろしくお願いします」
 とつい、答えてしまった。

 そして会話が始まった。
「ふふふ。じゃあ、勇輝くんって呼んでいいかな?」
「いいですよ」
「おねーさんね。失恋しちゃったんだー。もう聞いてよ。元彼ったらね、二股ならぬ三股してたのよ。偶然、街でデートしているのを見つけちゃってね。最初は、偶然知り合いとバッタリ会って話をしているものだと思ったわ。でも何か様子が違うから、しばらく見てたらね。いきなりキスしたのよ! もう、びっくりしちゃった! で、急いで家に帰っちゃったの。その夜、彼に会いに行って、問い詰めたらそう白状したわ。でも、俺の本命はお前なんだ。あと奴は遊びなんだよ。て言うのよ。もう全然、そんなこと信頼できないわ! さようなら。その人とお幸せに!! と言って、別れてきちゃった。高校の時から、ずっと付き合っていて、かれこれ5年も一緒にいたのにね……それから思い出の品を全部捨てたり、燃やしたわ。高校の卒業アルバムも燃やしちゃった! で虚しくなってね。こうして旅行に来たって訳」
 と涙目になりながら話続けた。

 どう答えてよいやら、分からないので黙って聞いていた。

「優しいんだね」
 と微笑んできた。

 それから、元カレの愚痴やら文句を散々聞き続けた。
 たまに相槌をうったり、少し話していたら、あっという間に2時間ほど経っていた。
「あぁ。ごめんなさい。2時間以上も付き合わせちゃったね。寒くない?」
 と言いつつ、散々愚痴を言って満足したのか、ちょっとスッキリした顔になっていた。

「勇輝くん。ありがとう! ところで、どこに泊まっているの?」
 と聞いてきたので、答えると美登里さんとは3件隣の旅館と判明した。
「じゃ、一緒に帰ろうか」
 と一緒に歩きだした。

 歩いている最中も、また愚痴が始まった。
『……まぁ、いいか』
 そう思った。

 手前の方が、美登里さんの旅館だったのでそこで別れることになった。
「じゃあね。勇輝くん。本当に助かっちゃった。ありがとう」
 と嬉しそうだった。
「はい。それで気分が晴れたなら良いですよ」
 と答えて歩き出した。

 しばらくすると、後ろから、
「ねぇー。明日も暇―――?」
 と声が聞こえてきた。
 振り返って、
「最初に話した通り、何もすることはありませんから暇ですよ」
 と返事をした。

「じゃあ。明日も付き合ってよ~~~ お昼ご飯を食べた後のお昼の1時に、またここで会いましょう!」
 と言うので、
「わかりましたー」
 と返事をして、今度こそ別れた。

 旅館に戻ると、両親から
「何してたの? 寒かったでしょー」
 と言ってきたので、
「海を散歩してたら、なんか気の合う奴がいて、ずっと話をしていたんだ。明日も昼過ぎに会おうってことになったよ」
 と報告した。
 母が、
「ほんとー? 本当は綺麗な女の人と一緒だったりして」
 とちゃかしてきたので、
「違うって。ちょうど地元の同い年の奴がいて、話し出したら気が合ったからだよ」
 と答えた。

『明日の1時かー』
 そう思うと、ちょっとウキウキしてきた。
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