第十四章 清河大臣を狙う影

エピソード文字数 4,449文字

 二人の体に、徐々に鋭敏な感覚が戻ってくるのがわかる。
「あの『術者』様の『術』は、破れたようですね」
 暎蓮が、微笑んだ。
「さすがです、彪様」
「い、いや、お姫様が力を貸してくれたおかげだよ」
 照れた彪がそう言っていた次の瞬間、それを待ちかねた、と言うかのように、二人の体に衝撃が走った。
 ……『天啓』だ。
 二人の頭の中に現れた映像は、横になって眠る暎蓮の父、『清河大臣』の姿だった。
 その彼に、誰かの影が近づく。影は、体の形から言って、女性のもののようだった。
 長い爪を、赤く塗った女の手が、清河大臣に向かって伸びた。
 ……映像は、そこでぶつりと切れた。
「お父様……!?」
 暎蓮が呆然とつぶやく。
 彪ははっとして、言った。
「お姫様、この『天啓』、もしかして、次の標的は、清河大臣様だってことを『天帝』様が知らせてくださったんじゃないの?」
「……扇賢様にお尋ねします、次の宴はいつ、どこでかと」
 さすがに暎蓮は、あせったように言った。
「それに清河大臣様を参加させちゃ、だめだ」
「はい」
 二人は、急ぎ、扇賢のいる『麗水宮』に向かうことにした。
「ここ連日で、宴はつづくとは聞いていたのですが。もっと、はっきりした情報が必要です」
 彼女なりに急ぎ足で、歩みを進めながら、暎蓮が言う。
「大臣級の方々が参加なさる宴っていうと、相当大規模のものでしょう?扇様ならすぐにわかるはずだよ」
「ええ……」
 『麗水宮』の廊下を、『玉務の間』に向けて歩きながら、暎蓮は再び口を開いた。
「扇賢様には、利祢様に気を許さぬようお願いしてあったのですが。まさか、父まで狙ってくるとは……」
「これも、あの『術者』が考えたことなのか……?」
「それはわかりません。利祢様がたとえ『妖異』の一つであったとしても、あの方には、まだ、ご自分の『意志』というものがあったようです。ですから、彪様に対して、あのような知略を使って、近づこうとしたのでしょう。問題は、その『妖異』を操る『術者』様が、なにを狙っているか、なのです」
「……うん……」
 彪は、考えた。
 あの『術者』は、俺を知っていた。だが、俺には、微かにしか知っている覚えがない。もしかして、あの『術者』は、最初から、俺だけを……。
「彪様、『玉務の間』です」
 暎蓮の声で、彪は我に返った。『玉務の間』を、通り過ぎようとするところだった。
「ご、ごめん」
 彪はあわてて戻った。
「甦 暎蓮です。扇賢様に御取次ぎを」
 暎蓮が、入り口の女官に向かって言っている。
「甦妃様、少々お待ちください」
 彪は、少しばかり、ぼんやりしながら、それを見ていた。

「ええと。今夜の宴は、『草水宮(そうすいきゅう)』で、月見の宴だな。大臣たちだけが集まる、内輪の宴だ」
 扇賢は、宮廷日程表を見なおして、言った。
「と、いうことは、その場に父もいる可能性が高いのですね」
「だろうな。清河大臣は、大臣の中でも位が高い、要職を統率している方だ。こういう場には必ず顔を出すのが、彼の仕事でもある」
「では、父をその宴に参加させないようにするというのは、よほどの理由がないと難しいということですね……」
 暎蓮が、細い顎に手を当てて、厳しい顔をした。
「しかも、俺たちはすでに『天啓』を視てしまっている。清河大臣様がこの宴に参加するのは、もう避けられないことかもしれないよ、お姫様」
「ええ……。そうですね」
「……今、思ったんだが」
扇賢は、彪と暎蓮の顔を見比べながら、言った。彪たちも顔をあげて、彼を見る。
「お前たちが視たという『天啓』では、清河大臣は眠っていたんだろう?ちょっと、おかしいぞ」
「おかしいというと?」
 暎蓮が問い返した。
「岳父殿は、どんな衣服で寝ていたんだ」
「いつもの、貴族用の正服でしたが」
「と、いうことは、宴の席で、酔って寝ていたという可能性があるわけだな?……だが、忘れたのか。岳父殿は、酒を呑まないぞ。普通に考えれば、眠る理由が、ない」
「……そうでした、父は、『巫覡』一門の『甦家』の人間であるのに、お酒が呑めないのです」
 暎蓮は、後ろに立っていた彪を振り返って、言った。
「そうなの?」
 彼女は、うなずいた。
「ええ。ですから、もとから『巫覡』としての力はなかったのですが、ちょうどよく、といいましょうか、……お酒も、呑まないのです」
「そうなんだ……」
 そこで彪は、思いついて、扇賢に尋ねてみた。
「……あ、そうだ、扇様、その宴にも、もちろん『楽団』の上演はあるんでしょう?」
「あるな。……燦大臣が、『なんで、発案者の自分たち大臣のところに来るのが、こんなに遅いんだ』とかなんとか、ぶつぶつ言っていたらしいがな」
「そんなことはどうでもいいけど、今問題なのは、『失踪者』と、『楽団』……というより、『利祢』さんが、かかわっているかどうかだよ。……ところで、扇様は、その宴に出る予定はあるの?」
「俺は、ない。臣下たちの内輪の宴に俺がいたら、ろくに噂話もできないだろう」
「そういうものか……。どうする、お姫様」
「……なんとか、宴に潜り込む方法はないでしょうか……」
 暎蓮が、いつになく大胆なことを言ってきた。
「宴に潜り込むっていっても、できるのは、侍女か女官の役で、くらいだろう。お前の顔を知っている女官だって、いるかもしれん。ましてや、彪はどうするんだ」
「それも難関です」
 暎蓮は、首をかしげて考えていた。
 しかし、次の瞬間、彼女は顔を輝かせた。
「いい案が、ありました」
「俺もだ。たぶん、お前と同じことを考えているぞ」
 扇賢も、言った。
「二人して、なんなの?」
 彪が困惑すると、その彼に、扇賢は、にやりと笑って、言った。
「お前、侍女役で、女装しろ。そうすれば、宴に潜り込めるだろう」
「はあ!?」
「お前の背丈と体格、それにその顔なら、まだ、女装しても、いけるだろう。ほんの少し、化粧でもしてやれば、もっと盤石だ。……我ながら、いい案だな」
「冗談じゃない!」
 彪は、わめいた。なんで、十三にもなる『男』の自分が、そんな真似をしなくてはならないのか。
「どうだ、暎蓮。お前の考えと、同じだっただろう?」
 扇賢は得意げに言った。
 暎蓮は、笑いを隠しきれないように、言った。
「いいえ。残念ながら」
「違うのか?」
 扇賢が、気が抜けた顔をする。
 暎蓮は、仏頂面の彪を見て、言った。
「彪様。……『隠遁結界術(いんとんけっかいじゅつ)』を使って、潜り込めませんか」
「……ああ!そうだ、あの『術』があったね」
 数多くの『術』を持っている彪は、時々、自分がなんの『術』を使えるのか、わからなくなることがあるのだった。
「その、『隠遁結界術』って、この前、彪が使った、ものを見えなくするうえ、その周りに『結界術』も張れるという、あれのことか」
「そうです。あれの応用で、彪様と私が、姿を消し、宴に潜り込むのです。それなら、『楽団』の中に『妖異』があったとしても、『結界術』の力で、私たちのことは感知されません」
「そうだ、そうしよう、お姫様。……そうか、……よかった、あれがあって。……よく考えれば、この前の『光辰宮』での宴のあとの時にも、これを使って潜り込んで弐潮大将様の痕跡を探せばよかったんだよね」
「そういえば、そうでしたね。でも、もうさすがに、無理でしょうね、『気』は消えているでしょう。……それに、残念ですが、ご本人も、もはやご存命とは思えませんし」
「うん……」
 彪は、これで女装しなくて済むという安心感で、肩の力を抜いた。
「残念だなあ、お前の女装姿が見られなくて。意外に、いい線をいっていたかもしれないのにな。大臣たちから気に入られて、小遣いくらいもらえたかもしれんぞ」
 扇賢がふざけて言うのに対して、
「よかったよ、扇様の『くっだらない』案に従わなくて済んで。大体、そんなに女装がしたいなら、扇様がすればいいじゃない」
 彪は、『くだらない』に力を込め、抑揚をつけて、言った。
「それこそ、いい線をいっていたかもしれないよ」
 扇賢は、彪にわめき返した。
「こんなでかい女が、いるわけがないだろう!それに、俺は男だぞ。そんなのが似合うわけがない」
 扇賢の顔は、成長途中とはいえ、明らかに少年の顔だ。しかも、身長も、同じくらいの少年よりかはずっと高い。彪とは違って、女装には無理があるだろう。
「俺だって、男だよ!」
 彪は言いかえすべく、そうわめいてから、なにかを思いついたらしく、人の悪い笑い顔になって、言った。
「いやあ、好みは人それぞれ。……それこそ化粧でもして、一発、お得意の、優雅な舞いでも見せれば、大臣様たちの人気女官だね。おひねりくらい、簡単にもらえるかもしれないよ」
「お前……」
 扇賢が、年下の彪に口で負けて、悔しそうな顔をした。暎蓮がその会話に、たまらず、笑いだす。
「暎蓮……」
 扇賢が恨めしそうに彼女を見た。暎蓮は、片袖で、笑いから出た涙を拭きながら、
「と、とにかく、扇賢様。私たちは今夜、その『草水宮』での宴に、潜り込みます。そして、『妖異』の正体を突き止め、……父を、護ります」
「俺に、なにか手伝えることはあるか」
「ありがとうございます。ですが、先ほど扇賢様ご自身がおっしゃられたとおり、この宴には、『王』である扇賢様がいらしては、不自然です。私たちが戻るまで、『雲天宮』でお待ちください」
「王音やナイトなら、どうだ?」
「王音様は『天地界』じゅうで知られた『武術家』です。そのお顔は、宮廷内でもご存じない方はいらっしゃらないでしょう。それに、『宮廷武術家』というお立場上でも、今回の任には不向きです。ナイト様も、……あの華麗さでは、大臣様がたの宴の場に居られるだけで、『どうしてこんなところに』、と、目立ってしまいます」
「そうか……」
 暎蓮は、微笑んだ。
「大丈夫です。私には、彪様がついていてくださいますから」
 扇賢は、ため息をついた。
「お前は、彪がいないと、だめなんだなあ」
「そうです」
 扇賢の、半ば愚痴のような言葉に、暎蓮は、はっきりと答えた。
「私たちは『相棒』です。どちらが欠けるわけにも、いきません。そして、二人だからこそ、この城を護ることができるのです」
 暎蓮は、言い終わると、扇賢に向かってもう一度、微笑んだ。
 その言葉に、扇賢は、仕方なさそうに、笑ってみせた。
「……そうだな」
 そして、暎蓮の言葉に、照れで顔を真っ赤にしている彪に向かって、
「彪。……暎蓮を、頼んだぞ。暎蓮を護れるのは、俺以外、お前しかいないんだからな」
 と言って、二人を交互に見た。
 彪の顔は、赤いままだったが、彼は覚悟を持って、そこだけははっきりと、
「……うん」
 と、うなずいた。
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登場人物紹介

白点 彪(はくてん ひゅう)

十三歳。強力な『術』を使える少年巫覡である。温和な性格をしており、庶民の出なので、大人びたところも。暎蓮への実らない恋心を抱いているが、それをひた隠しにして、彼女を護ろうと努力する。

宮廷では、『斎姫・補佐官』の任についている。

『聖気』を使った巫覡としての力と、『術者』としての両方の力を兼ね備える。

甦 暎蓮(そ えいれん)

二十四歳。玉雲国王妃にして、巫覡の最高位、斎姫。

斎姫としての不老の力で、まだ少女にしか見えない。彪とは『最高の相棒』を自称している。

王である夫、桐 扇賢(とう せんけん)に一途な愛を注いでいるが、彪がかわいくて仕方がない。

自称、『武力を持った斎姫』。使う武器は『破邪の懐剣』と『破邪の弩』。

桐 扇賢(とう せんけん)

十七歳。暎蓮の夫にして、『天帝の御使い』、『五彩の虎』の性を持つ『玉雲国王』。年齢の割に童顔なのに悩む毎日。年上の暎蓮に一途に思いをささげているが、彼は彼女の掌の上である。

単純な性格の持ち主だが、いざというときは皆のリーダーシップをとる頼りになるところも。面倒くさがりでがさつだが、音楽や舞楽など芸術面には親しみ、剣技と武術の稽古は毎日欠かさない、体育会系な一面がある。皇子時代から、『奔放な皇子』とのうわさ通り、街では民からかわいがられてきた。

彪とはいい兄弟づきあいをしている。見た目によらず、怪力の持ち主。愛刀は『丹水(たんすい)』。

関 王音(せき おういん)

二十代後半。扇賢の幼少時からの武術の師で、宮廷武術指南役の任についている。女性ながら、『天地界』中に名の知れた武術家であり、貴族の娘の出なのだが、扇賢にとってはまだまだ厳しい師。

暎蓮にとっては臣下の礼をとってはいるが、頼りになる姉のような存在で、普段は扇情的で美しい女性。ただし、夫も子供もいる。愛刀は『散華(さんげ)』。

ウルブズ・トリッシュ・ナイト

二十代後半(王音よりは少し年下?)。人間界の西方に出自を持つ、金髪美男。扇賢のしもべで、『玉雲国』唯一の『騎士』を名乗る。暎蓮に懸想しており、彪、扇賢とは好敵手という一面も。『白い狼』の性を持っており、人より大きな『人気(じんき)』を持つ。戦うときは、銀の甲冑に大剣を持つ。

普段は黒のスーツ姿が多い。とことんマイペースな性格。

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