第九話 洞窟

エピソード文字数 1,694文字

先に進むにつれ、少しずつ足場が悪くなっていった。辺りに黒色の岩が目立ちはじめ、地面に生えている草木の隙間からも、所々にそれが頭を見せている。二人はその岩々に足を取られないよう気を配りながら、角度のきつい斜面を上に向けて歩いていた。
「そろそろだ」
多少の汗はかいているようだが、全く息を切らしていない。グリンデはいつもと何ら変わりのない口調でそう告げたが、オリビアは少し離れた所から彼女の背中を追っており、かすかにしかその声を聞き取れなかった。
グリンデは、オリビアより一足先に斜面を登り切り、木々の少ない開けた空間に出ると、ゆっくりとした足取りで前へと進んだ。その行為により、オリビアの目線に追われていた黒い背中が斜面の草に隠れてしまったが、そうなる事もグリンデはしっかりと把握していた。遅れを取れば取るほど、昔話を聞く時間がなくなってしまう。オリビアに宿ったその不安は、彼女の太ももに力を加え、斜面を登り切る英気を与えたのだった。
彼女は本当に何百年も生きてきたのだろうか。オリビアは、グリンデの体力に対して疑問を抱くほどに、やっとの思いでその斜面を登りきると、まずは膝に手をつき肩を大きく揺らした。ようやくその揺れが収まりを迎え、顔を上げて前を向いた時、少し先にグリンデがいることに気が付いた。彼女は、目の前に構える大きな岩山を見上げ、仰いでいる。その岩山の上にある木々の隙間からは、太陽の光が注ぎ込み、二人がいるこの空間はぽっかりと照らしだされていた。
オリビアは、未だに笑いを止めない膝に気を使いながら、逆光で産み出されたグリンデの陰に歩み寄った。彼女は片手で太陽の光を遮り、見上げたままに口を開いた。
「うむ。予定より少し遅いが、まぁ問題なかろう」
太陽の向きを見て、だいたいの時間を計っていたらしい。彼女は片手を下ろすと、目の前にあるその岩山に向けてゆっくりと歩き出した。
オリビアは、グリンデの足が向かう先に目をやって、ようやく気が付いた。対峙している岩山の下に、ぽっかりと大きな口が開いていたのだ。その大きな口は、めり込むようにしてできた窪んだ地面の下にあり、岩山がそれに乗るようにして造られている。
(……洞窟?)
伝説の薬草の一つは洞窟にあると聞いている。ここがその目的地なのか、それともただの通過点なのか。ただ、疑問に思っても仕方がない。目で追っている魔女はすでに、洞窟の入口にある闇の淵へと足をかけている。オリビアはその背に従うしかなかった。
 
足元にあった草地が消え、固く冷たい感触が靴の裏から伝わってくる。洞窟の暗闇に足を踏み出すと、ひんやりとした空気が肌を触り、雨が降った後のような、湿った香りが鼻を包んだ。目の前には、背に射し込む洞窟入口の光から逃げるかのように、黒々とした暗闇が佇んでいる。
この先、手にしているランタンの輝きの花は、どれほどの力を見せられるのだろう。花から発せられている光も、その暗闇の壁に遮断され、洞窟奥に辿り着けずにいる。洞窟内では、オリビアを中心に円形の光の陣が作られ、その陣を守る光の兵士たちは、左右にある岩を捉える事が出来ていたのだが、前方は対象を見失い、次々と闇へ吸い込まれていった。ぼんやりと産み出された、その光と闇の境界線は曖昧なものだったが、確実にオリビアの恐怖心を煽っていた。
ふいに数歩先で、赤みがかった光が灯され、もう一つの光の陣が作られた。グリンデが手のひらの上で小さな炎を繰り出し、灯りを産み出したのである。オリビアはやはりその陣地の中心部に合流し、光をより強める事に急いだ。コツンコツン、と歩み寄る足音が、不気味に洞窟内に反響する。
「……もう少し暑い時期やったら丁度良かったのにな」
輝きの花の灯りが、少し口角の上がった白く美しい横顔を捉えた。グリンデは、手のひらの炎でちらりと一瞬、湿った岩の壁を照らすと、奥の暗闇へと足を進ませ始めた。
囁きもここではしっかりと他者へ伝わる。しかし皮肉に対してのオリビアの返答は勿論、沈黙であった。岩壁に響きを伴い、オリビアの足も洞窟の奥底へと吸い込まれていった。
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