6.深淵の縁を歩む

文字数 21,002文字

 帰りの電車のつり革に(つか)まりながら考えた。何故(なぜ)急にあんなイメージが浮かんだのかを。
 この頃は予知する行為を避けていた。だからか、不意(ふい)にイメージが浮かぶ事も起きなくなっていた。なのに、どうして佐和子の場合だけあんな事が。イメージはしっかり見えた。あれは、これから起きる出来事(できごと)のイメージだ。狭山が中国で事故に()った件で自分がイメージを見た時と同じ感覚があった。このまま放っておけば、どこかで佐和子は飛行機事故に巻き込まれると言う事か。でも、本当にそうか?イベントのシャトルバスと磯谷という男の交通事故の件はどうだ。自分が予知した通りにはならなかった。今回の事だって、起きない未来の幻想(げんそう)にすぎないかも知れない。その違いって何なんだ。自分が他人に予知の結果を伝えたかどうかの違いか?狭山の件は、結局狭山だけじゃなく、誰にも言う機会が無いまま、事故が起きてしまった。シャトルバスも磯谷の件も、依頼者に予知を知らせている。自分が他人に予知の結果を伝えるか否かでそれが現実になったり、ならなかったりするのか?だとしたら、この件も()(かく)誰かに伝えてしまえば良い。でも、これまでにも沢山(たくさん)の予知を依頼者に伝えて来た。全てではないかも知れないが、ネットの世界で評判になるくらいには自分の予知は当たっていた。ならば、そうじゃないのか。他に違いがあるのか?自分が予知した結果を、事故を起こす当事者が知っていたか否かの違いはどうだろう。磯谷は自分で運転している。当然、事故の当事者だ。シャトルバスの件は、自分に依頼してきた『西部のたらこくちびる』は事故の当事者じゃないけれど、彼がネットに動画をアップした結果、イベントの主催者(しゅさいしゃ)がシャトルバスのルートを変更してしまった。イベントの主催者はバス運行の責任者で事故の当事者とも言える。ならば、今回の佐和子のイメージも航空会社か、該当する飛行機のパイロットが自分の予知を知って行動を変えない限り、事故が発生する事になる。イメージでは飛行機の会社までは分からなかった。やはり、事情を佐和子に説明して、佐和子に飛行機に乗るのを(あきら)めてもらうべきだ。
 でも。
 やっぱり引っかかる。それじゃあ、納得(なっとく)できない。自分が予知だと思っている頭に浮かぶイメージは一体何なのか。事故が起きないと予知したけど起きてしまったケースは、たまたま、事故の場面がイメージ出来なかっただけと解釈出来る。でも、事故のイメージが浮かび、起きると予知したけれど起きなかったケースでは、事故のイメージは一体、何処(どこ)から来たのか。シャトルバスが交差点で交通事故に巻き込まれるイメージは自分が勝手に作り上げた幻想(げんそう)なのか?狭山の件はどうだ?もし、自分が予知を教えて、狭山がタクシーの利用を(ひか)えていたら?狭山がタクシーを利用しないのなら、そのタクシーが高速道路に向かう必要はなく、故障で立ち往生(おうじょう)する事もない。そうなれば高速道路での事故は発生しなかったに違いない。じゃあその時、自分がイメージした未来の事故は、一体何だった事になるのか。分からない。そんな事考えたって結論が出るようには思えない。未来に行われる、大勢(おおぜい)の人の無数の選択の結果、起きる可能性があったけれど、起きなかった未来だと思うしかない。そうだとしたら、今回の佐和子のイメージはどうだ?佐和子に教えて飛行機に乗らなくても、飛行機会社やパイロットが知らなければ、事故が起きる状況は変わらない。事故は起きる事になるだろう。それで良いのか?それで良い。自分は不幸に遭遇(そうぐう)する運命にある全ての人を救いたい(わけ)じゃない。佐和子が生きていてくれれば良い。佐和子が玄と付き合おうが関係ない。彼女が危険に(さら)される可能性を知っていながら、好きだった相手の危機を、そのまま放って置ける(わけ)が無い。佐和子に伝えてしまう前に、自分が見たイメージが未来の予知になっているのか確かめたい。佐和子は飛行機で旅行する予定があるのか?行先は想像できる。きっとイギリスだ。確かめるには、どこからか情報を得る必要がある。頼りになるのは斎藤だ。今度は太一が斎藤を飲みに誘った。

 斎藤は気楽な顔で店に現れた。
「新婚旅行はどこに行くんだ?」
 太一は当たり(さわ)りの無いところから会話を始める。
「ヨーロッパだ。東欧(とうおう)も結構良いらしいぞ。」
「東欧って、プラハとか?」
「ああ、ブタペストも行く。」
 一頻(ひとしき)り、斎藤の新婚旅行の話で盛り上がった後、太一は本題を切り出す。
「有田と安藤の事で知っている事を教えてくれ。」
 それまで呑気(のんき)に酒を飲んでいた斎藤の(ゆる)みきった顔が引き締まる。
「お前、何でそんな事を()く。」
「別に二人の間を邪魔(じゃま)しようって言うんじゃない。もう、その事は俺の中で解決している。ただ、上手(うま)く説明できないんだが、今、有田に、飛行機に乗って欲しくないんだ。」
「飛行機?どういう理屈(りくつ)だ。」
 斎藤は、屁理屈(へりくつ)を言って、結局太一が二人の邪魔をしたいのじゃないかと疑っている。ならば、信じてもらえないとしても、正直に話してみるしかない。
「実は、有田が飛行機事故に()う。」
「飛行機事故に()う?遭うって、決まっているのか。」
 言っている事が()み込めないのも無理はない。
「決まっているかは分からない。でも、俺はそう考えている。」
 太一は、自分が自身の予知能力に気付いたいきさつを話して聞かせる。斎藤は途中で(さえぎ)る事をせず、ビールをチビチビと飲みながら、太一の話を聞く。
「お前が予知出来た証拠って何か残っていないのか。」
 話を聞き終わっても(はな)から否定せずに、斎藤は真面目(まじめ)()き返す。
「たぶん、今でもネットで『クラントさん』と検索してもらえれば、何かしら俺のやった予知に関するコメントが残っていると思う。」
「ふん。」
それ以上(しゃべ)らずに、ジョッキの残ったビールを(あお)ると、大声でお()わりを注文する。
「…信じろと言うのが、無理だよな。」
 それでも、誰かに話せて少し気が楽になったと思える。
「いや、そんな事も無い。そういう能力がある人間がいても不思議じゃない様に思う。俺が迷っているのはそこじゃない。」
 斎藤は両手を組んで、酔って赤みを帯びた顔を突き出し、()わった両目で太一を(にら)む。太一も逃げずに斎藤を見る。
「さっきの有田の飛行機事故の予知の話だ。済まないが、そこにお前の感情が混じっていないとは思えない。」
 ふっと、苦笑いを浮かべて太一は視線を落とす。
「『そんなことは無い』と、俺も言えない。自分でも、俺の見たイメージが本当に将来起きる出来事(できごと)(とら)えたのか、それとも深層心理が描き出した(まぼろし)なのか、判断がつかない。」
「…そうか。」運ばれてきたジョッキを片手で持ち上げると、斎藤はグイと一口飲んでから続ける。「有田は飛行機に乗るつもりだ。」
 太一が目を見開いて斎藤を見る。
「これは、(あかね)に聞いた話なんだが、有田は六月にイギリスに行くつもりらしい。俺達の結婚式が『七月で良かった』って、『六月だったら、イギリス行ってて居なかったかも』って、有田が言ったそうだ。」
「安藤は日本に戻って来たんだろ?」
「たまに帰って来ている様だ。でも、()ぐにイギリスに戻っているんだろ。こっちに住む所が残っている(わけ)じゃないみたいだ。」
「そうなのか…。」
「おい、お前、変な事考えるなよ。」斎藤は()わった目の間にしわを寄せる。「二人に(かか)わったら、関わるだけ痛い目を見るぞ。」
「分かっている。別に二人の中をどうこうしようと言うのじゃない。俺は、有田が事故に()うと分かっているのに、見過ごせないだけさ。」
「だからってどうする。それこそ、()らぬお節介(せっかい)だぞ。」
「お前、同期の仲間がもしかしたら死ぬって分かっていて放っておけるのか?」
「そりゃそうだけどさ。そうなんだけどさ。お前のそれは、純粋にそう思っても、相手にはそう取られないかも知れない物だぞ。」
「分かっている。それも分かっている。」
「じゃ、どうするつもりだ。」
「…まだ。決めていない。どうすれば良いか分からない。」
 今の太一にはそれ以上答える事が出来ない。自分の好きだった人、もしかすると、今も好きな人。その人が不幸に見舞われるのを黙って見逃(みのが)せない事だけは確かだった。

 六月まであと一か月余りだ。それまでに佐和子を説得しなければならない。まともに話して『はい、そうですか』と言う事を聞いてくれる(はず)が無い。ましてや、安藤と佐和子の関係や佐和子がイギリスに行こうとしている事を、太一が知っていると言わずには済ませられない。(なお)の事、感情的に佐和子は太一の言う事を聞く気にならないだろう。自分が見たイメージにまだ完全な自信があるわけじゃない。けれど、もし本当に佐和子がイギリスに行こうとしているなら、それを知らずに自分があのイメージを見たのは、単なる気の(まよ)いではない(はず)だ。
 結局、直接佐和子に事情を話すしか手が無い。河原崎あたりから、イギリスに行かない様に勧めてもらおうとも考えたが、何でそんな事を言い出すのかと()かれた時に、上手(うま)い言い訳が出来る様に思えない。第一、自分が感じ取った危機だ。他人の手を借りずに、自分で道を切り開くんだ。
 斎藤達の結婚式の準備では、佐和子は受付の担当だ。この前の打ち合わせで担当を振り分けた際にそれはチェックしてある。同じ受付担当の男性メンバー、水沼に連絡して、受付担当の最初の会合に自分も参加させてもらえる様に頼む。
「別に構わないけど。」
 水沼は、少し不安そうだ。それはそうだろう。出し物担当の太一が何故(なぜ)会合に参加したいのか、(あや)しんで当然だ。
「出し物の内容によっては、受付でカードを出席者に手渡してもらう様な選択肢(せんたくし)も残しておきたいからさ。受付の検討状況は把握しておきたいんだ。」
 太一は、問われる前から用意していた理由を説明する。
「ああ、そうか。じゃ、来てくれよ。」
 水沼はあっさり承諾(しょうだく)する。
 良かった。もし、受付メンバー全員に参加して良いか確認すると言い出されたら、太一の真意(しんい)を測りかねた佐和子が難色(なんしょく)を示して、断られる可能性もあった。
 太一は何食(なにく)わぬ顔で、ホテルの喫茶室で開かれた受付担当の最初の会合に参加する。
樫垣(かしがき)君、受付だっけ?」
 会合の席に太一がいるのを見付けて、佐和子が無表情に問い掛ける。顔には出さないが、彼女が気に入らないと思っているのは、長い付き合いで分かる。
「出し物の内容によっては、受付に協力してもらいたいからさ。一応顔つなぎと言う事で、最初だけ参加させてもらった。」
 愛想笑(あいそわら)いを振りまきながら答える。流石(さすが)に佐和子も、来てしまったものを帰れとまでは言い出さない。
「有田、ちょっと話をさせてくれ。」
 会合が終わると、周りの目を無視して、太一は佐和子に声を掛ける。
「何。」
 ()()ない態度。横目で太一を見る瞳は冷たい。
 構わない。どう思われても、それで佐和子が救えるなら。
此処(ここ)で良い。少し俺の話を聞いて欲しい。」
 まだ、仲間達の目がある。佐和子は感情を爆発させる事なく、太一の要求に応じる。二人は、少し離れた、()いているテーブルに腰掛け、あらためてコーヒーを一つずつ注文する。
単刀直入(たんとうちょくにゅう)に話をする。俺は、未来が予知出来るんだ。…そんな事言っても、信じてもらえないのは分かっているが、これは事実だ。今年の初めまで、『クラントさん』というハンドルネームで活動していた。」
 真面目(まじめ)に語る太一を、佐和子は椅子に深く腰掛けて背もたれに体をあずけたまま、(まゆ)を少し上げて見ている。
「時々、未来のイメージが見えるんだ。それで、有田に危険が(せま)っている事を知った。今日はそれで、…その、忠告したくて、此処(ここ)に来たんだ。」
「ふーん。ありがと。」
 とても、ありがとうと思っているようなトーンじゃない。
「有田、お前、飛行機に乗ろうとしていないか?お前は飛行機に乗っちゃ駄目(だめ)だ。別に安藤との仲を言っているんじゃない。安藤が日本に…」
「ね、樫垣君。」佐和子が身を乗り出し、太一の言葉を(さえぎ)る。「未来が予知出来るの?」
「…あ、ああ。そうなんだ。」
「いつから?昔からそんな力を持っていたの?」
「いや、去年。去年の夏に急に出来る事に気付いたんだ。それで…」
「そうなんだ。そうね。大学時代にその力があれば、夏合宿の(たび)に起きるトラブルも回避できた(はず)だもの。じゃあ、去年から未来が見えていたの?」佐和子の声に力がこもる。「(あかね)と斎藤君の結婚も分かってたんだ。結婚式、上手(うま)く行くよね?今の私も見えていて知っていたって事?じゃあ、何で告白なんかしたの?それも、予定された未来だったから?この会話はどうなるの?どういう結末になるの?」
「何でも、見えるって(わけ)じゃないんだ。天気とか…」
「そんな話信じろって言うの。」佐和子の声が(つぶや)きに変わる。「冗談じゃない。」
 佐和子はふっと席を立つ。出口に体を向けて、そのまま何も言わずに立ち去って行く。
 太一に引き()めることが出来ただろうか。他人の目がある場所だからじゃない。佐和子の腕を(つか)み、引き留めれば説得出来たのだろうか。試してみる価値はあったかも知れない。けれど、太一は佐和子が出て行くままに任せた。腰を浮かす事も、声を掛ける事もしなかった。

 座席で佐和子は前屈(まえかが)みになり、自身の(ひざ)を抱えている。飛行機の機内だ。周囲はガタガタと激しく振動している。薄暗い機内の中で淡い黄色の彼女の服が浮き上がって見える。下向きの彼女の顔は見えない。恐らく、恐怖で引きつっている事だろう。(しばら)前屈(まえかが)みのまま動かない佐和子と激しく振動する機内が見えていたが、やがて大きな波に()まれた様に前後左右に全体が揺すられ、ぱあっと視界が明るくなって何も見えなくなる。
 太一は飛び起きた。気付けば自分のベッドの上だ。それ(ほど)気温の高い時期でもないのに、ぐっしょりと全身に汗を()き、心臓がドクドクと脈打っている。
 夢だ。飛行機の機内、黄色い服を着た佐和子の様子から、最初に見たイメージと同じ事故の光景なのだろう。起きて活動している最中(さいちゅう)にふっと頭に浮かぶ白日夢(はくじつむ)でなく、(まさ)に寝ている最中(さいちゅう)の夢で予知のイメージを見てしまった。初めての経験だ。
 太一は、寝間着(ねまき)代わりに来ているTシャツで、顔の汗を(ぬぐ)う。目覚まし時計を見れば、朝の五時を少し回ったところだ。五月ともなれば、もうすでに外は明るい。ベッドから降りて洗面所に向かい、服を着替える。今日も仕事だ。こんな夢を見たからってぼんやりしている(わけ)に行かない。
 朝食を()り、食器を洗う。いつもの様に支度(したく)をして、いつもの様に通勤客の一人になって混雑する電車に乗り込む。こうしてルーティンをこなしていれば、段々元の自分が取り戻せる(はず)。駅から会社までの道を歩き、エレベーターの前で同僚と挨拶(あいさつ)()わす。自分の席に着いたら、パソコンの電源を入れて、届いているメールをチェックする。
 そうだ。やれば出来る。
 ホテルで佐和子と話した日から、太一は自分の体にどこか違和感を持っていた。自分の手足が、自分のものでない様な感覚。道を歩いていても、何かふわふわした感覚がする。その上、見る物、聴こえる音には、薄い透明のフィルムが(はさ)まっている様な、(ある)いは画面の向こう側の世界の様な、自分と切り離された世界に感じる。手を伸ばしてわざと触れてみたり、()えて声を出してみたりして感覚を取り戻そうとしてみたけれど変わらなかった。そして今朝の夢。何か得体(えたい)の知れないものに追い立てられている。
 仕事が始まってしまえば集中できる。来月の資材調達の計画を()る。A材で(ひら)けた中国調達の可能性を他の材料で検討する。そうやって頭と体を仕事に(つい)やして、何となく、いつもの自分を取り戻せた気分になって、午前の仕事を終える。
樫垣(かしがき)、飯行くぞ。」
 太一は自席で手を上げて、同僚の(さそ)いに(こた)える。このところ、いつも昼食はビルの地下にある中華料理屋だ。何も言わなくても、いつもの昼食仲間はそこに向かう。太一も席を立ち、地下に直通で行けるエレベーターに乗る。
 エレベーターのドアが閉まる。太一の視界が暗くなる。佐和子がいる。目の前で佐和子が飛行機の座席に腰掛けようとしている。まだ離陸前なのだろう、荷物を頭上の収納スペースに入れている周囲の乗客が見える。駄目(だめ)だ、その飛行機に乗ってしまってはいけない。彼女は席に座るとシートベルトの両方の(はし)を探し出し、それを(つな)ぐ。彼女は少し()みを浮かべている。何を呑気(のんき)にしているんだ。この後、この飛行機は墜落(ついらく)してしまうんだ。『おい、有田。』目の前に見える佐和子に声を掛けようとするが、声が出ない。『駄目だ、その飛行機を降りろ。有田、有田!』(ようや)く最後に、言葉になり切らない声を(しぼ)り出す。と当時に、太一は目を()ます。白い天井が見える。
 天井?
 物音がして、中年の女性が視界に入って来る。
「あ、気付きましたね。気分はどうですか?」
 この人は見覚えがある。白衣をまとっている。産業医だ。太一は見慣(みな)れない狭いベッドから身を起こす。
「あ、大丈夫です。」
 周囲を見て、此処(ここ)が医務室であることを理解する。
 何故(なぜ)自分はこんな所で寝ているのだ。エレベーターに乗った(はず)だ。
「まだ、ちょっとぼんやりしていますか?エレベーターの中で倒れたって、乗り合わせた人達が此処(ここ)に運んでくれたんですよ。」
「…そうですか。」
「ちょっと失礼。」産業医はそう言って太一の片腕を(となり)のテーブルの上に乗せ、Yシャツの(そで)をたくし上げる。「何か持病がありますか?」血圧計のベルトを腕に巻きつけながら()く。
「…いえ、ありません。」
 血圧を測定されながら、太一は考える。
何故(なぜ)、あんなタイミングでイメージが浮かんだんだ。それに、今迄(いままで)イメージが見えても、意識を失う事など無かった。意識が無かったのは一瞬に思えるが、実際はどれだけ意識を失っていたのだろう。
「血圧と、脈拍は正常ね。ちゃんと食事()っている?若い人には、食べる事に無頓着(むとんちゃく)な人がいるから。」
「はい。朝飯もちゃんと毎日食べています。」
「一人暮らしかしら。食べてるつもりでも、栄養のバランスが悪いと、体調を(くず)すので気を付けて下さい。」産業医は血圧計を片付けて、自分のデスクに戻って行く。「異常感が無ければ、仕事に戻って良いですよ。」
 太一は首を(めぐ)らして、時計を探す。壁時計は十二時四十分を指している。恐らく三十分以上倒れていたのだろう。
 産業医に礼を言って医務室を出て、迷った挙句(あげく)、その日は早退する事に決める。一人になるのは不安でもあったが、仕事中にまたイメージが浮かんで、今回みたいに倒れたら周りに迷惑をかけてしまう。コンビニで簡単に買い物を済ませて、出来るだけ早く自分の部屋に引き返す。かなり遅い昼飯は、自室に帰ってから口にする。
 これはどういう事だ。今迄(いままで)のイメージはその件に関して依頼者とやり取りしている時とか、今から自分が向かう先で起きる出来事(できごと)とか、イメージと現実に(つな)がりがあった。なのに今日のイメージは、夢になったり、昼間突然に何の脈略(みゃくらく)も無く浮かんだ。早く対処しないと実際に起きるぞという何処(どこ)からかの警告か?何とかして彼女を助けてやれと自分を()き立てているのか。それとも単に自分の中にある感情の強さがなせる幻影なのか。分からない。ただはっきりしているのは、自分はなんとしても佐和子を救いたいのだ。その気持ちに間違いは無い。
 その夜、太一は同じ夢を見た。

 次の日、会社をズル休みした。体調不良だと伝えたが、半分は本当だ。佐和子の未来の危機を背負ったまま出勤すれば、いつまた昨日の様に倒れないとも限らない。
今は、仕事はどうでも良い。それよりも佐和子を助けなければ。でも、どうやって?
 ()が高く昇っても、いつまでもベッドの中で寝がえりを打ちながら考えを(めぐ)らす。
 佐和子がいつ飛行機に乗る予定なのか知らない。それどころか、本当にイギリスに行くつもりなのかも、結局確認出来ていない。こんな状態で佐和子を救えるのか?河原崎はイギリスに行く日程を知らないだろうか?知らないとしても、それとなく聞いてもらう事は出来るだろう。佐和子が怪しまないだろうか?大丈夫。佐和子が河原崎に嘘を言わなければならない理由は無い。それで、日程が分かったらどうする?当日、空港で待ち()せして、便(びん)を変えさせるか?…いや、とても自分の言う事をその場で納得してくれるようには思えない。彼女の性格なら、自分が説得すればするほど、ムキになってその飛行機に乗ろうとするだろう。その前に何とかしなければ。…第一、どの飛行機が事故を起こすのかも分かっていない。例えば、佐和子が妥協(だきょう)して、イギリスに行く時期をずらして、斎藤達の結婚式の後にしたとして、それで解決するとも限らない。自分のイメージがそれでも続くなら、佐和子が予定を変更することも()り込み済みの予知なのだ。…どこまで行っても、これじゃ(らち)が明かない。結局、佐和子が飛行機に乗るのを(あきら)めるか、佐和子が乗ろうとしていた飛行機が、事故を起こすのを確認するまで解決しない。一体、どうすれば良いんだ。
 太一は昼近くになって、(ようや)くベッドから抜け出すと、冷蔵庫の中を(あさ)り、腹を満たす算段(さんだん)をする。ハムに目玉焼き、トーストだけの簡単な食事を準備してテーブルに座る。空腹を満たせれば良い。産業医には忠告されたが、今の太一は、食事にそれ以上手間をかける気になれない。薄いカーテン越しに()の光が室内に差し込んでいる。トーストを(かじ)りながら、視線を光に向ける。
 今頃佐和子はどうしているだろう。平日だから会社で仕事の()最中(さいちゅう)か。そうだ、イギリスに行く時、仕事はどうするつもりなのだろう。六月と聞いた。祝日の無い月だ。夏休みには早過ぎる。イギリスに行くのなら、土日だけでは短いだろう。有休をつかうつもりだろうか。佐和子の会社の情報が得られれば、彼女が有休を申請した日でイギリス行きの日程が分かるかも知れない。…そんな手段は無いか。
 太一は飲み物を欲っして冷蔵庫を開けるが、期待した牛乳は残っていない。仕方(しかた)なく、手間でも珈琲を()れる。
 結局、佐和子に直接会って、彼女に分かってもらうしか手が無い。別に安藤と付き合うなと言っているのじゃない。まずは、その点を納得してもらった上で、飛行機に乗るのを(あきら)めてもらわなければ。安藤が佐和子に会いに日本へ来る分には何も問題ない。だからそうしてくれと言おう。安藤の連絡先を太一は知らない。この前、佐和子は知っていると言っていた。佐和子に電話を(つな)いでもらって、自分が安藤と話しても良い。…でも、自分から佐和子に連絡しても、きっと会ってくれないだろう。この前、あんな別れ方をしてしまった。話がしたいと言ったところで、取り合ってくれないのに決まっている。だったらどうするか?彼女の自宅に押し掛けるか?押し掛けても、家に入れてくれなければ同じだ。メールに内容を書いて送るか?それで彼女が読んでくれるか?それで納得して飛行機に乗るのをやめてくれるか?…駄目だ。やっぱり、直接話す機会を作って、何とか理解して(もら)わなければ。そうだ、自分の予知の実績(じっせき)を見せて、自分の言っている事が気の迷いなんかじゃなくて、未来に起きる出来事なんだと理解してもらわないといけない。
 よし。
 食事を済ます頃には、すっかり動き出す決意を固める。
 佐和子の(つと)め先は知っている。行った事は無いが、会社と部署が分かっているから、調べれば場所の目星(めぼし)はつく。彼女の会社の業務終了時間は分からない。とは言え、夕方よりも前ではないだろう。
太一は電車を乗り継いで、その場所へ向かう。佐和子の会社が入るビルは()ぐに見つかる。正面玄関は如何(いか)にも来客向けだ。あそこから社員が出退社している様には思えない。太一はブラブラとビルの周囲を回る。ビルの側面に通用口がある。正面玄関は受付嬢(うけつけじょう)だが、通用口は守衛(しゅえい)がいる。恐らく此処(ここ)から、社員は出退社するのだろう。夕方にならないと佐和子は出て来ない。時間が(つぶ)せて、かつ、此処から出て来る人の姿を観察できる場所がどこかにあれば良い。周囲を太一は見回す。通用口から表通りに出た道路の反対側、ビルの二階にコーヒーショップがある。太一はスマートフォンを取り出して、時間を確認する。午後二時を回ったところだ。まだ早い。一旦(いったん)、太一はこの場を離れる事に決め、地下鉄への入り口を目指(めざ)す。
 ビルの前に戻って来たのは、午後四時になってからだった。太一は見付けて置いたコーヒーショップに向かい、外の景色が見える席に陣取(じんど)る。
 佐和子が出勤しているか確認していない。そのうえ、佐和子の所属している部署がこのビルの中にあるのかも推測に過ぎない。それでも大丈夫だ。(たと)え今日、佐和子を見つけることが出来なくても、明日がある。明日駄目でも、次の日考えれば良い。
 車と人通りがまるで途切(とぎ)れない大通りを見下ろしながら、太一は自分の気持ちを落ち着かせる様にそう頭の中で繰り返す。
 やがて、三々五々(さんさんごご)目当(めあ)てのビルの通用口から社員らしき人間達が出て来る。太一の視線はその一点に集中する。三十分程度、そうした人の流れがあったが、佐和子らしき姿は出て来ない。それでも(あわ)てないよう、自分を落ち着かせながら待つ。
 佐和子の姿が通用口から出て来たのは、七時を回った頃だった。大通りに出て地下鉄駅の方に折れるのを確認する。太一の胸が高鳴(たかな)る。そそくさと飲み物を片付け、急ぎ足で階下に降りる。一目散(いちもくさん)に佐和子が向かった方向を目指す。地下通路への入り口で彼女の後ろ姿を(とら)える。人が多くて、思う様に近づけない。
「有田。」
 彼女の肩に手を掛けたのは、地下通路の途中だ。油断していた佐和子は、小さな声を上げ、(わき)退()いて振り返る。
「こんな所で済まない。どうしても話を聞いて欲しいんだ。」
 相手が太一だと知った佐和子の目が(とが)めている。
「何、どういうつもり?」
「直接話さないといけないと思ったんだ。」
「あんた、私の事つけてたの。」
 自然と佐和子の声は大きく、ヒステリックになる。
「ちょっと待ってくれ、落ち着いて。」
「なんで、こんなことするのよ。信じられない。」
「おい、有田…、有田。」
 太一は声のトーンを落とし、平静さを(たも)つ様に(つと)める。佐和子は(くちびる)()み締めて、(にら)んでいる。
此処(ここ)じゃない方が良い。少し時間を(もら)えないか。」
 言われて、佐和子は周囲に視線を飛ばす。
「分かった。」
 短く(つぶや)くと佐和子は先に立って歩き出す。太一はその後ろを付いて行く。
 二人は、地下通路(わき)にしつらえられたコーヒーショップに入る。それぞれに飲み物を買うと、通路が窓越しに見えるカウンター席に並んで座る。
「誤解しないで欲しい。」通路の人通りに顔を向けた佐和子が黙ったまま(しゃべ)らないと分かると、太一から口を開く。「俺は、佐和子の関心が引きたくてこんな事をしているんじゃない。本当に有田に危険が(せま)っているんだ。それを分かって欲しいだけだ。これを…、これを見てくれ。」
太一は、自分のスマートフォンをテーブルの上に出し、画面を切り替えて、佐和子に見える様に向ける。佐和子は横目でそれを見ている。画面には、今は稼働していない『クラントさんの予知』のサイトが映し出されている。ビジターのコメント(らん)を開いて、そこに書かれている、予知してもらった人からの返信を見せる。
「ほら、こんな風に、沢山(たくさん)の人の予知を行なって、みんなから感謝のコメントを(もら)っていたんだ。…今はやめてしまったけどね。」
 佐和子はスマートフォンから目を離し、両手でキャラメルラテのコップを口元に持ったまま、ガラス越しの人の流れに視線を戻す。
「本題はここからだ。有田の未来が見えてしまったんだ。近い将来、飛行機に乗ろうとしているだろ?その飛行機が事故に()うのが見えたんだ。お願いだ。飛行機に乗るのはやめてくれ。」
「お節介(せっかい)。」
 口元からラテを離さずに硬い声が()れる。
「え?」佐和子の声が小さ過ぎて、何を言ったのか、太一には聞き取れない。「安藤と付き合っても構わない。有田が飛行機に乗る事だけ…」
樫垣(かしがき)君に(うらな)って欲しいなんて頼んでない。」佐和子はカップをテーブルの上に置くと、激しい口調で(まく)し立てる。「なんで、あんたの許可が必要なの。私の好きにするから。それじゃ。」
 佐和子はカップを持って席を立つと、太一を見もせずに、出口に向かう。
「おい…。」
 太一は反応し切れずに、カウンターに取り残される。
ここで帰してしまっては、元も子もない。この前の繰り返しだ。()(かく)、理解してもらわなければ。
 カップをごみ箱に捨てて、急いで佐和子の後を追う。
「ちょっと、待ってくれ。」
 足早(あしばや)に改札を目指す佐和子の後ろから駆け寄る。
「いい加減にして。もう付き(まと)わないで。」
 人目も気にせずに佐和子は叫ぶ。これじゃまるで痴話喧嘩(ちわげんか)だ。佐和子は(つか)もうとする太一の腕をすり抜けて、改札口に逃げ込む。居合(いあ)わせた通行人の視線に動きを封じられて、太一はそれ以上追いかけるのをやめてしまった。

 また同じ夢だ。あれから毎夜、佐和子の飛行機の夢を見る。これは絶対、自分に訴えているナニモノかがある。これをそのままにしたら、一生()いを残すのは確実だ。
太一は会社に行くのをやめた。やめた最初の内は、頻繁(ひんぱん)に電話が鳴った。玄関口まで社員が訪ねても来た。電話は無視すれば良い。訪ねて来た者は玄関ドア越しに怒鳴(どな)り合って追い返した。結局退職願いを出す事で会社とは折り合いがついた。
大学時代の仲間も連絡してきた。最初は浅沼。電話してきた後、家まで訪ねて来た。A材の件で世話にもなっていたから、無下(むげ)に追い返すのも(はばか)れる。
「お前の話を聞かせてくれ。」
 浅沼は、部屋でテーブルを挟んで座ると、余計(よけい)な話は一切(いっさい)せずに真剣な顔でそう言った。大学時代、浅沼と一番馬が合った。だから、自分の考えを正直に話してやることにする。
「何で、俺に予知の力がついたんだと思う?」
 そう言うと、浅沼は少し考え込む。
「人に()って能力に個人差はある。太一の場合、普通の人が(ほとん)ど無いに等しい、特殊な能力が優れていたと言う事じゃないか。」
浅沼は分かっていない。
「そうじゃない。これは自分に対する啓示(けいじ)だ。自分が予知出来るようになったのは、そして周囲にその力を認められたのは、全て、有田を救うためなのさ。」
 浅沼は目を大きく開いて太一を見る。
「そうか…。このままじゃ、不健康だ。一度、医者に健康状態を見てもらった方が良い。会社の健康診断を受けずに()めちまったんだろ。」
 浅沼はそう言って、医者の連絡先のメモを残して帰って行った。
 数日後、今度は斎藤から電話がくる。
「部屋に(こも)っているんだって?出て来い!」
 そうやって強引に言う事を聞かせて、太一を近くのファミリーレストランまで呼びつける。
「お前、有田の事は忘れろ。」
 ボックス席に座るなり、斎藤は怖い顔でいきなり言う。
「何言っているんだ。俺は有田に(こだわ)っていない。」
「拘っているだろ!」
「誤解している。いつ俺が有田にしつこくした?ずっと家に居て何もしていないじゃないか。」
何故(なぜ)家にいる。何故会社を()めた。」
「ん、くだらない。会社は俺が行かなくてもちゃんと回っている。俺を必要としていない。」
「必要とされていないなら行かないのか?それでお前は生きていけるのか?ずっと部屋に(こも)っていたら、生きていないのと一緒だぞ。」
「俺は他人の為に生きる。俺の力はそのためにある。」
「お前の力?予知の事か?そんなものは(まぼろし)だ!一体何があった。誰も言ってくれないなら、俺が言ってやる。お前、おかしいぞ。」
 斎藤は頭から、こっちの考えを否定しようとしている。考えを押しつけて満足しようという気だ。こういう場合は、逆らわない方が良い。
「おかしいか?どういう風におかしく見える。」
「普通の若者は、一人で自分の部屋に引き(こも)ったまま、買い物にも出ずにはいられない。そんな事していると、気が変になるぞ。」
「そうだな。じゃあ、出来るだけ外に出るようにするよ。」
「ああ、そうした方が良い。それと、一人でばかりいるな。考え過ぎるとろくな事が無い。俺や浅沼、水沼だっている。こっちからも連絡するから、お前も連絡寄こせ。」
「ん、分かった。」
「SNSで会話しよう。」
 結局、斎藤や浅沼達とSNSでやり取りする事になる。(わずら)わしいが、大人しく従っておかないと(かえ)って面倒(めんどう)な事になりそうだ。適当に返信しておけば、安心しているだろう。
 外に出るようにするのは嘘じゃない。自分の使命を果たすためには、自室に(こも)っていては駄目だ。その日から外に出ると決める。
 まずは車だ。レンタカー店に行って、一台月借りする。車の運転に()れるため、周囲を流してみる。自宅に閉じ(こも)っていた間に底をついた食料を買い()めして自宅に運ぶ。カーナビの地図を見ながら運転して、道路を覚える。
 次に作戦の準備だ。郊外の空き家を検索して、頃合(ころあ)いの一軒家を探す。車の中で寝泊(ねと)まりするために必要な道具をネットでショッピングする。浅沼が置いて行った医者を訪ねて、不眠を訴え薬をもらう。
こうして数日で太一は、自分の計画を実行に移す準備を整えた。

 万一にも、佐和子が飛行機に乗ってしまってからでは取り返しがつかない。いつイギリスに行くつもりなのか調べる手段が無い以上、自分で確認するしかない。佐和子の家までの道順を頭に入れ、早朝に車で家を出る。まだ日が昇る前の道は都会でも()いている。佐和子が住むマンションには、予定通りの時間で到着する。後は、どこに車を()めるかだ。周囲の道を車で流して、車を停めておいても交通の邪魔(じゃま)にならなくて、かつ、駅に向かう佐和子を遠方から視認できる場所を見定(みさだ)める。
 車を停めて時間を確認する。始発電車が走り出すまでには、まだ少し時間がある。太一は寝過(ねす)ごさない様にアラームをセットして、運転席で仮眠する。この生活がいつまで続くか分からない。体力はセーブしてかからなければ。
 アラームが鳴る。太一は眠い目をこじ開けて、周囲を見回す。太一の車を気にしている人はいない。これからしょっちゅう駐車する車を不審(ふしん)に思う人が出る前に、この作業が終了出来れば良いのだが。
 佐和子が街路に姿を現したのは、たっぷり二時間以上()ってからだった。薄目(うすめ)のブラウスにタイトスカート、小振(こぶ)りのバッグ。遊びに行く格好じゃない。これから会社に行くのだろう。これで、少なくとも午前中は会社に違いない。太一は、街路を駅に向かって歩いて行く佐和子の後ろ姿を見送ると、エンジンを始動させる。
 一旦(いったん)自宅に戻った太一は、朝食を食べる。昼前までは動かなくて良い。食事を済ませてベッドで仮眠をとる。昼前に家を出て、佐和子の会社のビルの対面、この前行ったコーヒーショップの窓際(まどぎわ)の席を目指して行動を起こす。都会のコーヒーショップは、いつでも人で(にぎ)わっている。何とか窓際の席を確保して、佐和子の会社が入るビルの通用口を見下ろす。
 スマートフォンが着信を知らせる。見れば、斎藤からのSNSだ。
〈今日は、どうしている?外出したか?〉
 昼休みにはまだ少し早い(はず)だ。他人の心配して自分の仕事が(おろそ)かになっていないか?
 太一は苦笑(にがわ)いしながら、返信を打つ。
〈朝から外出してばかりだ。やる事だらけで気が抜けない。〉
一緒にコーヒーショップにいる自分の写真を付けて送ってやる。
 佐和子は昼を過ぎても通りに姿を見せない。恐らく、弁当を持って行って、社内で食べているのだろう。早退して旅行に出発する可能性がゼロではないから、安心して帰る(わけ)には行かない。(ねば)れるだけコーヒーショップで粘るつもりだが、ここ一店だけしか居られる場所が無いと対応が難しくなりそうだ。太一は、少し()ってから店を出て、周囲をうろつき、それ以外に適当な場所が無いか探す。
 コーヒーショップのある大通りとは反対側、ビルの通用口から出て、大通りとは逆に道を進んだ先に小さなコインパーキングを見付ける。ここに車を停めて、張り込みをする事も出来そうだ。それ以外に道沿(みちぞ)いの雑居ビルに入っている洋食屋からも通用口の様子は見通(みとお)せそうだ。
 周囲を(しばら)くうろついてから、その日は、地下鉄駅までの通路、この前佐和子と話をしたコーヒーショップに移動して、店の奥の席から佐和子の帰る姿を待つ。
 佐和子が駅の改札に入って行ったのは、午後六時過ぎだった。太一はその姿を見送ると、一旦自宅に戻り、夕食代わりのコンビニ飯を買って車を運転する。再び佐和子の自宅を目指(めざ)す。早朝と異なり、道は混んでいる。大型トラックが何台も車線を占領(せんりょう)し、タクシーや小型トラックがその間を隙間(すきま)無く埋めている。イライラしても車は思う様に進まない。こうしている間に、佐和子はキャリーバッグを持って飛行場に向かってしまうかも知れない。(ようや)く朝車を停めた場所に行ってみると、(すで)に別の車が駐車している。
「なんだ、邪魔(じゃま)(やつ)だ。」
 車内で愚痴(ぐち)る。車線上に車を停めておく訳にはいかない。(しばら)く適当に車を走らせていると、コインパーキングを見付ける。佐和子が住むマンションから離れている。勿論(もちろん)、佐和子が駅に向かう姿を見通(みとお)せるような場所ではない。()(かく)、車をパーキングに入れて、歩いて佐和子の家に向かう。
 不意(ふい)に佐和子と出くわす可能性もあり得る。周囲は暗くなり始めている分、佐和子に気付かれる危険は少ないが、パーカーのような顔を隠せる服を用意して来るべきだったと後悔する。佐和子のマンションが見える場所まで来る。佐和子は一人暮らしな(はず)だ。何処(どこ)の部屋か分かれば、部屋の明かりが()いているかどうかで在宅が分かる事に気付く。
 今は分からない。同期メンバーの住所をスマートフォンに入れていない。今日は仕方(しかた)なく、マンションの入り口を見張る事にするが、長時間じっとしていても(あや)しまれない場所がない。道沿(みちぞ)いにあるコンビニの駐車場の(すみ)に立ち、スマートフォンを(いじ)りながら、時々マンションの入り口の様子を(うかが)う。流石(さすが)に長くは続かず、今日は引き揚げる事にする。
 家に帰ってから、佐和子の住所を確認する。年賀状のやり取りがあるから、住所は()ぐに分かる。明日からは、夜は部屋の明かりを(たよ)りに見張る事にする。一日、動き回ったせいか、疲れて眠気(ねむけ)(おそ)ってくる。長く自宅に(こも)っていたから、体力が落ちてしまっていたかも知れない。三時に目覚ましをセットして就寝する。

 次の日から、太一のルーティンワークが始まった。早朝に佐和子の家まで車を飛ばし、彼女が出勤するまで待機。出勤を見届けたら、一旦(いったん)家に戻って仮眠。午後は佐和子の会社の周りで彼女の帰宅を待って、駅で帰りの電車に乗るのを見届ける。夜は、彼女の家の明かりが見える、近くの雑居ビルの非常階段から就寝するまで見届ける。休日は早朝から路上駐車で彼女が出て来ないか監視した後、近くのコインパーキングに車を停めて、歩いて監視を続ける。彼女が出掛ける時には、距離を(たも)って後をつけ、一人の買い物ならば最後まで付いて回り、友達との待ち合わせならその場を離れて休憩し、先に佐和子の家の周辺に戻って帰りを待つ。そうやって佐和子の周りで過ごしながら、太一は浅沼や斎藤に元気にやっているとSNSを送る。都会の舗道(ほどう)を歩く自撮り写真を添付(てんぷ)して送り、自分が陽気に外出している様子を見せる。いつまでも無職では居られないからと、色々な職業を思案している様なコメントを送る。これで彼等は、太一の事を放っておいてくれる。そうしている内に、佐和子の平日のライフサイクルが(つか)めて来る。会社に出る時間、帰宅時間、就寝時間。
 変化は、太一が監視を始めて十日(ほど)()ったある日、前触(まえぶ)れも無く訪れた。いつもの時間に佐和子は会社のあるビルの通用口から出て来る。半袖(はんそで)のブラウスの上に薄いカーディガンを羽織(はお)った姿は、別にいつもと同じ仕事帰りの雰囲気だ。太一は少し離れて彼女の後を歩く。佐和子は地下鉄のホーム(まで)はいつもと同じ様に行動したが、家とは反対方向の電車に乗る。太一も(あわ)てて隣の車両に乗り込む。何か予感の様なものを感じて、太一の鼓動(こどう)が早くなる。
 何をしようと言うのか?このまま空港に向かう?それにしては荷物が無い。安藤玄に会うのか?彼が日本に帰って来ている可能性はある。もしそうなら、自分はそれを遠目(とおめ)に観察しているだけでいられるのか?いや、良い機会だ。もしそうなら、二人が別れた後、玄を(つか)まえて事情を話し、佐和子が飛行機に乗らない様に協力させよう。
 彼女が降りたのは、大きなターミナル駅だ。人混みの中で見失(みうしな)いそうになりながら、太一は必死に佐和子の後ろ姿を追う。いつもよりも、佐和子との距離を詰めて後を追う。もし、不意(ふい)に佐和子が振り返ったら、見付かってしまう様な距離だ。幸い、彼女は一度も振り返らない。彼女は行先(ゆきさき)を決めているのだろう。迷う事も無く、急ぐ訳でもなく、悠々(ゆうゆう)と人混みの中を泳いでいく。結局彼女は、家電量販店の中に吸い込まれていく。買い物だ。電球が切れたとか、電池の在庫がなくなったとか、急に必要になる場合はある。太一の気持ちは、一気(いっき)に平常に戻る。だが、店内で待ち合わせする事だってないとは言えない。佐和子を追って、太一も店内に足を踏み入れる。ここから先は注意が必要だ。目当(めあ)ての商品を見付けるために、周囲を見回したり、店内を行きつ戻りつするかも知れない。(あま)り近くに行き過ぎると、見付かってしまう。(あん)(じょう)、売り場が分からないのか、店員を(つか)まえて何やら聞いている。話し終わると、佐和子は店員が示した方へ歩いて行き、(たな)物色(ぶっしょく)している。太一は遠くから、(たな)の上にのぞく佐和子の頭の先だけ見て様子を(うかが)う。やがて、彼女はレジに向かう。通路の間から見えた彼女は、手に小物の商品を(にぎ)っている。遠くからでは、それが何か分からない。彼女がレジで精算を済ませている間に、太一は佐和子が見ていた商品棚に向かう。そこは、日頃(ひごろ)使う小物の電化製品が陳列(ちんれつ)されているエリアだ。彼女が持っていたのと同じ色合いの商品を探す。それらしい商品は()ぐに分かる。商品のフックには『コンセント変換アダプター』と書かれている。太一は再び全身に血液が()き上がるのを自覚する。
 太一は急いで店を出る。佐和子はもしかするとまだ他の買い物をして帰るかも知れない。それを追跡するような余裕(よゆう)はなくなった。佐和子は確実に海外に行こうとしている。その事実が、太一をこれ以上観察者に(とど)めておかない。急いで準備を進めなければいけない。電車に飛び乗り、太一の自宅に向かう。此処(ここ)からだと、乗り継ぎしなければ自宅の最寄(もよ)り駅まで辿(たど)り着けない。電車を待つ時間すらもどかしく感じる。
もしかすると、佐和子は今夜にも家を出て空港に向かうかも知れない。もし、それを(のが)したら取り返しがつかない。出来るだけ早く、佐和子の自宅の前に張り付き、彼女を(のが)さないようにしなければ。
電車に揺られながら、太一は頭の中でこの先の行動計画を()り上げていく。
 大丈夫。自分が助けてあげる。
 自宅に着くと、急いで荷物をまとめる。(しばら)くここに戻って来なくても良いだけの物をバッグに詰めて、近くの駐車場に停めたレンタカーのトランクに運ぶ。車を出すと、郊外に借りた一軒家(いっけんや)に向かう。借家(しゃくや)に荷物を置き、電源ブレーカーを上げて、住む準備をしてから、車で佐和子の家まで取って返す。
 マンションの佐和子の部屋に明かりが()いていない。時間を確認する。まだ九時だ。就寝(しゅうしん)するには早過ぎる。帰宅した後、荷物を持って空港に向かってしまったのだろうか。もしそうなら、万事休(ばんじきゅう)すだ。今から空港に追いかけても、佐和子を見付ける前に、彼女はゲートを抜けて手の届かない所に行ってしまう。まだ帰っていない可能性もある。海外旅行に必要な買い物は、電源アダプターだけじゃないだろう。女性ならば、むしろ着る物に(こだわ)(はず)だ。夜なのを良い事に、マンションの入り口が見える場所に車を停めて、運転席でやきもきしながら考えていると、街灯の光の下を歩いて来る佐和子を発見する。片手に大きな紙袋を持っている。電気屋だけじゃなく、他の店でも買い物をして来たと言う事だ。
 今しかない。こんなチャンスはもう無い。
 太一は、エンジンを掛けると、車を佐和子に向けて発進させた。

 寝ている佐和子を抱えて部屋に入り、ソファの上に横たえる。彼女の無防備な寝顔(ねがお)を見下ろして、太一は微笑(ほほえ)む。太一自身は少し離れた場所、カーペットの上に(じか)に座る。佐和子の両足の足首は、きつく締まらない程度に結束(けっそく)バンドで束ねてある。車の中では、両手も、後ろ手に親指同士を結束バンドで縛っておいたが、車を降りれば、彼女が目を()ましても自分が対応できると思い、さっき切ってしまった。
(しばら)く佐和子の様子を見ていたが、まだ目覚めそうにない。
 佐和子が持っていた荷物を、目覚めない内に車から降ろしてしまおう。
 太一は、佐和子を室内に置いたまま、借家(しゃくや)の敷地内に停めた車に戻る。紙袋の中身は、案の(じょう)新しい洋服だった。きっとイギリスに行く時に着ていくつもりなのだろう。
 もう、必要ない。
 太一は紙袋ごと車の中に置き去りにする。佐和子のバッグは持って降りる。彼女のスマートフォンはさっき途中で電源を切った。話を理解してくれない内にこれを使われると困る。少し迷ったが、これも車の中に残して、借家の中に戻る。
 思えば、失敗するリスクが高かった。自分は運に助けられた。帰宅途中の佐和子に車で近づき、声を掛け、自分は実家(じっか)に帰るつもりだが、その前に一度だけ話しておきたいからと嘘を言った。最初、佐和子は強い調子で(こば)んだ。人通りは多くなかったが、人の目が気になったのか、渋々(しぶしぶ)、車に乗ってくれた。あそこで(こば)まれ続けたら、一人では、強引に佐和子を車に乗せる事は出来なかったろう。その上、自分が渡した飲み物を怪しんで飲んでくれなかったら、意識があるまま此処(ここ)まで連れて来るのも困難だった(はず)だ。
 太一は、何の(かげ)りも無い佐和子の寝顔を見ながら、そう思い返す。もう、零時(れいじ)を回った。今日はこのまま起きないかもしれないと思った時、佐和子が動く。そのまま見守っていると、(しばら)くして薄っすらと目を開ける。まだ、状況が理解出来ていない様だ。やがて視線が太一の顔で焦点を結ぶ。
「気が付いたね。」
 静かに、出来るだけ驚かせない様に声を掛ける。
「どこ?」
 佐和子は身を起こして、周囲を見回す。見た事の無い古い部屋に戸惑(とまど)っている。
「大丈夫だよ、安心して。有田とゆっくり話す為に用意した場所さ。」
 さっと、佐和子の表情が硬くなる。
「何、これ。」
 結束(けっそく)バンドで縛られている自分の足を指して太一に訴える。
「すまないが、話をちゃんと聞いてもらう為なんだ。最後には(はず)して帰ってもらうつもりだから、ちょっとショッキングかも知れないけど我慢(がまん)してくれ。」
「我慢しろって、何それ。あんた、何する気!」
 太一が意識して静かに話しても、早速(さっそく)佐和子はヒートアップする。
「落ち着いて。君に危害(きがい)を加えるつもりは無い。」
「これで?」
 佐和子は自分の足の結束バンドを指で()まんで訴える。
「この前みたいに、話している途中で退場されては困るからさ。俺の話を聞いて、理解してくれれば、家まで送って行くよ。」
「この状態であんたの話を聴けって?」
「それだけは、我慢(がまん)してくれ。そうしないと、すぐ怒り出すだろ。お願いだから、これ以上困らせないでくれ。」
 眉間(みけん)にしわを寄せ、声を張り上げていた佐和子が急に口をつぐむ。じっと太一を見つめた後、ゆっくり口を開く。
「…わかった。」
 心なしか、声が(ふる)えている。太一はにっこりと笑み作って佐和子を安心させる。
 太一は饒舌(じょうぜつ)に話した。自分が予知能力に気付いた経緯(いきさつ)、どれだけ人の依頼に答えてきたか、そして、何故(なぜ)佐和子が飛行機乗ってはいけないか。その間、佐和子は(ほとん)(しゃべ)らなかった。時折(ときおり)(うなず)くくらいで、(うつむ)いて爪を気にしたり、(すね)を手で()でたりしている。
「だから、有田が飛行機乗ってはいけないんだ。安藤に会うのは(かま)わない。でも、日本に来てもらってくれ。それなら、俺は何の邪魔もしない。」
樫垣(かしがき)君の能力は分かった。飛行機に乗るのはやめる。」
 佐和子は絨毯(じゅうたん)を見つめたまま、静かに言う。太一はじっと佐和子の様子を見ている。
「…なぜイギリスに行こうとしていたんだい?」
「え?」
 佐和子が顔を上げる。
「日本でも会えるだろ。それにもう来月には夏休みだ。」
「何で、そう思うの?」佐和子の眼が太一の表情を探っている。口元に笑みを(ただよ)わせた太一の表情を仔細(しさい)に観察してから口を開く。「別に…、興味本位よ。たまたま安藤君がイギリスにいるんだし、観光に行くのにはチャンスでしょ。急いでいる訳じゃないから、今回はやめにする。」
「安藤には、何て言い訳するんだ?」
「え?言い訳なんかする必要ない。予定が出来たから、やめるって言うだけ。」
 太一は満面(まんめん)の笑みを見せる。それも長く続かず、()え切れずに()き出し、一人声を上げて笑い出す。陰気臭(いんきくさ)い古い家の部屋の中で太一の乾いた笑い声が反射する。
「何?」
 訳が分からず、佐和子は奇異(きい)な目で太一の様子を見ている。
「ハハハ、有田は嘘が下手(へた)だな。そんな事で俺を(だま)せたつもりかい?」
「嘘なんかついてない。」
 佐和子は強く言い返す。
「ま、いいさ。」太一はポケットからスマートフォンを取り出して、時刻を確認する。(すで)に午前二時を回っている。「今日はもう遅い。明日、もう一度話し合おう。」
「ちょっと、帰してよ。明日、仕事行けないじゃない。」
「仕事と自分の命とどっちが大事?有田がちゃんと理解してくれたら帰すよ。二、三日有田がいなくても、会社は何とかなるさ。」
「勝手なこと言わないで!」
「手を出して。」
 太一は立ち上がり、ソファに座る佐和子の前に立ちふさがる。
「何?」
 見上げる佐和子の表情には、理解できないものに接する恐怖が貼り付いている。
「早く。両手を出して。」
 太一が片手を佐和子の眼の前に差し出す。(するど)い目が佐和子を見下ろしている。佐和子が恐る恐る手を出すと、両手を(つか)み彼女の背中に回す。
「ちょっと!」
 手荒(てあら)に佐和子をうつ()せに倒し、(あらかじ)め大きな()にしておいた結束バンドを彼女の片手に通すと、再び佐和子を起こし、彼女の前で両手首を結束バンドで縛る。
御免(ごめん)よ。あまり乱暴な扱いはしたくないけど。逃げ出そうと言う気を起こされると、お互い不幸だから。」
 佐和子は泣いている。声を上げて何やら太一を(ののし)りながら泣いている。
「俺は、隣の部屋で寝るよ。済まないがソファで寝てもらう。それじゃ。」
「トイレに行かせて。」
 部屋を出て行こうとする太一に佐和子が訴える。太一はドアの前で振り返る。
「ああ、そうだね。」太一はまた笑みを浮かべる。「仕方ない、ちょっと待ってて。」
 太一は一度部屋の外に出るが、片手にロープを持って()ぐに戻って来る。佐和子に近付き、ロープの一方を佐和子の胴に巻いて縛ると、もう一方の(はじ)を自分の胴に巻いて縛る。ニッパーをポケットから取り出して、佐和子の両手を縛っている結束バンドを切る。次に足首の結束バンドも切る。
「さあ、こっちだ。」
二人を(つな)ぐロープの中程(なかほど)()にして片手に持ち、太一は部屋のドアを開ける。部屋の外は廊下(ろうか)になっているが、明かりはついていない。二人がいる部屋の明かりでぼんやりと明るくなっているだけだ。太一は佐和子を廊下に連れ出す。佐和子は連れられながら、周囲を観察する。廊下に出た左手側、出て来た部屋の明かりでは良く見えない(やみ)の奥に恐らくこの家の玄関があるのだろう。太一が廊下の途中で立ち止まり、トイレの明かりを()ける。
「さあ、どうぞ。」
 見れば、トイレにドアが無い。ある(はず)のドア(わく)に、ドアを取り付ける蝶番(ちょうばん)だけ残っている。
「ああ、逃げようなんて気を起こされると困るから、死角(しかく)にならないようにしたんだ。」佐和子が入るのを躊躇(ちゅうちょ)している姿に気付いて太一が説明する。「どうせ、二人しかいない。俺が見ない様にしていれば良いだろ。俺は、このロープを伸ばして、少し離れた所に居るから。」
 太一は、ロープを放し、廊下(ろうか)を部屋の方に戻って行く。
「…鬼畜(きちく)。」
 佐和子は部屋から()れる明かりの中でシルエットになる太一を(にら)み付けて(つぶや)いた。
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