我が友

文字数 1,538文字

 上田さんが帰った後、新一は深呼吸をしてから、茶色に変色した封筒の中から、便箋を取り出した。
 新一の心臓の鼓動は一際大きくなり、手が震える。
「相良くん……」
 つい先日、意識だけだったとはいえ、同じ場所で同じ時間を共有した彼が書いた手紙。それが76年の時を超えて今、新一の手の中にある。
 読む前から新一の目から涙が溢れて来た。『相良君、ありがとう。君は最高の友達だよ』


我が友 新一へ
 貴様にこの手紙が届くのか? いや、届くと信じる。なぜならこの期に及んで上田宛に手紙が書けるのだ。
 この手紙を上田に託すにあたり、彼宛ての手紙に終戦の日と元号の変更時期を書いた。正確にはそれ以外の事を書くことができなかった。一応試してみたが、やはり柳原一飛層宛てには何も書くことが出来なかった。
 つまり上田は、俺の手紙を読んでも歴史に影響を及ぼさない人物という事になる。あの時は駄目であったが、今になって可能になったのだ。勿論、制約はある。だが確信した。これを上田に託すことができると。
 この手紙は、上田に宛てた手紙と一緒に同封し、八月十六日に開封してもらう。貴様が言っていた終戦の日の翌日だ。これも正確にはそれ以前の日時では指定ができなかった。歴史にとって都合が悪いのだろう。ここは少し苦労した。
 貴様がこの手紙を読むのは令和三年七月十一日以降だ。そう指定した。これは簡単だった。
貴様は無事、令和三年七月十日の大津島に戻れたはずだ。そう意識が教えてくれた。いや、そう感じたというほうが近い。貴様のいう意識というものが俺にもわかった。

 さて、ここからが本題だ。もう知っているかと思うが俺は一昨日、千葉に向かう輸送機の中であの手紙を書いた。そしてほんの一時、美代子に会い、彼女に手紙を託し、再びここに戻ってきた。
 詳しくは書けないが、貴様の声が消えたあの日から今日まで、奇跡につぐ奇跡。偶然による偶然によって千葉、大津島間の往復を果たし、今こうして出撃の時を待っている。
 美代子との再会は貴様を救う為だけではなかった。結果的に貴様は令和の世に戻る事ができたと思うが、救われたのは俺だ。
 俺は美代子に逢い、僅かな時間を共にした事で、全ての不安と恐怖が払拭された。
 貴様にも言ったと思うが、俺の中に、俺の意識の中に何か得体のしれない不安感が渦巻いていた。それは貴様がくる少し前から始まっていた。出撃を前にして、精神が不安定になっているからだろう。そう思っていた。だが、違ったのだ。美代子と過ごした後、その得体の知れない不快感は跡形もなく消し飛んだ。
 俺が美代子と逢った事によって何かが変わったのだ。それが何か……それが貴様が思っていた事と同義なのかは今の俺に知る由はない。だが歴史が修正される。そう感じた。そう、同じ意識だ。間違いないだろう。
 貴様はあの時、既に気づいていたのだと思うが、俺と美代子は会わねばならなかった。
 新一、心から礼をいう。人生の最後に貴様に出会えた事は何よりだった。
 もし可能ならば、歴史による制限が無ければ、マツコさんとヒデミさん。彼女達にくれぐれもよろしく伝えてほしい。
 回天戦の命令が下ったら、この時計を柳原一飛層に託す。奴は優秀だ。立派にこの志を受け継いでくれる。そしてその孫である貴様も大したものだ。次にこの志を受け継ぐのは貴様だ。俺の死を無駄にするんじゃないぞ。
 こうして手紙をしたためる事が出来る以上、柳原一飛層を乗せた潜水艦も無事帰港できるはずだ。
 今、俺は全くもってすがすがしい。全て貴様のおかげだ。重ね重ね礼を言う。
 もう時間だ。新一、いつかまたどこかで会おう。

 では行ってくる。
                 大津島にて  昭和二十年七月十四日 相良秀則
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