第12話 性欲のこと

文字数 1,087文字

 これは、悩ましい。性欲は、悩ましい。
 この性欲がなければ、こんな自分でも、「ホントウにひとを愛する」ことができるようにさえ思う時がある。
 はっきり言って、この性欲は、ほとんど単独で、独立して活動するようなのだ。ぼくの身体には、ペニスと呼ばれるものがひとつ、くっついているが、かれは全くマイペースである。気ままで、まるで自由で、勝手な行動をする。そしてぼくを、たいてい、苦しめる。
 ぼくにとって、「寄生獣」のミギーのような、いや、ミギーは理解力があるけれども、この股間に付いているものは、自我が強すぎて、こちらの言うことなど聞きやしない。こちらにできることは、かれをなだめすかしたり、気をそらしたり、要するに「ごまかして」いくことになる。およそ友好的な関係とは言えない。ほとんど、他人だ。

 が、この一個の他人たるぼくの付属物が、おおいに自分を苦しめてくる。町なかを歩いている時に、ふいに活動してきたり、滅多にないが、たまに銭湯の湯船の中で、妙な動きをする時がある。かれは、恥知らずだ。ぼくは、困惑し、何か別のことを考え、この恥知らずなものを無視する。と、かれはゆっくりあきらめる。

 当面の問題は、たとえば異性と hugをする時(セックスではない)、この自分の、相手を hugする「力加減」。この、恥知らずなものから来ると思われる激情、つまり力一杯、hugしたいと、ぼくはいつもその激情に駆られる。すると、たいてい、相手を苦しくさせてしまう。
 そして言われる、「やさしく」。「やさしく?」ぼくの動きは、そこで停止する。「やさしく、とは?」
 心のなかで、念じるように自分に言い聞かせ、反芻させる。やさしく、やさしく…そして、やはり動けなくなる。技巧が、必要な気になる。このくらいの力の入れ方が「やさしい」のか、どのくらいの力の入れ方が「やさしい」のか。
 そうしてぼくは、停止したまま動けなくなる。

 やさしさとは、きっと、思いやりだろう。相手を、思うこと。だが、その相手が、何を、どんなhugを『やさしい』と感じるのか、それが分からない。ぼくには、全く分からない。
 すると、この身体に付いた付属物も、しゅんとなる。かれは、「やさしく」の前に全くの無力になる。
 ぼくの頭は、恥を知っている。
「ホントウに愛してもいない」相手と、hugをすれば、ダメだと思う。しかし、ホントウに愛しているつもりの相手に向かっても、「やさしく」と言われると、もうダメになる。
 インポテ! 性的欲求は、強い自覚がある。が、心の、相手への愛の注ぎ方というようなところで、自分は愛の不能者ではないかと自覚する。
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