(一・二)祐天寺駅前1

文字数 4,642文字

 一方、祐天寺駅前で布教を始めたブースカ仏会の三上哲雄の方は、彩子をどう思ったか。ブースカ仏会では哲雄のような在家信者、仕事帰りに参拝しその後布教に参加しようというような者には、参拝時に現在何処何処の布教場所でこれ位の信者が頑張ってますよという情報が伝えられる。それに従い自分が行きたい布教場所を選択し、参拝が終わるや一路そこへと向かうのである。自宅に近く帰り易い場所だからとか、好きな場所、やり易い場所だからなど、自分の希望で自由に場所を選べるから、哲雄のように仕事帰りでも気軽に布教に参加する青年は多い。
 哲雄はどちらかというと渋谷駅のような派手でごみごみとした、人の行き来の激しい場所は苦手である。出来たら静かな場所で落ち着いた布教がしたい。加えて哲雄は地方出身者で現在自由が丘のワンルームマンションにひとり暮らし、よって東横線の駅が望ましい。そこへブースカ仏会が祐天寺駅前での布教を開始したことから、哲雄もそこでの布教を希望したという訳である。
 祐天寺駅前でバルタン協会が布教していることは知らされていたが、他教は他教、他所のことは気にせず我が道をゆくタイプの哲雄は気にしない。バルタン協会についてはマスコミを通していろいろと噂も聞くが、特に興味はない。仲良くしたくもなければ、いがみ合いたい訳でもない。互いに邪魔せずそれぞれの布教が出来ればそれで良い、その程度の心境である。
 では雪川彩子に対する印象はどうかというと、決して悪くはない。むしろ好印象で、まだ若く清楚、大人しく真面目な、如何にも宗教などやっていそうなタイプ、それが第一印象であった。しかもどうやら布教リーダー的な立場にあるらしい、大したものだなあと感心もする。が所詮他宗教の女性……という先入観念から、それ以上の興味も関心も持たず、間違っても自分から話し掛けようなどとは夢にも思わずにいた。
 そんな彩子と哲雄の前に、或る日ふたり切りの夜が訪れる。というのも先ず哲雄の同志であるブースカ仏会の信者に急用が出来、渋谷の本部に戻らなければならなくなった。どうする、と問われ、じゃもう少しやって、それで帰ります、と答え、哲雄はひとりで布教を続けることに。一方彩子の同志の方は布教が上手くゆき、関心を持った若者を教団の施設に案内することとなった。で彩子もひとりで布教を続けることに。
 駅の時計の針は既に二十一時を回っている。しばらく黙々と各々の布教を続けるふたりであったが、どちらも不調、良い成果は得られない。「あなたも悟りを得ませんか、天国に行きたくありませんか」と哲雄が通行人に声を掛ければ、「少々お時間頂けませんか、貴方にメシアの福音を伝えさせて下さい」と彩子も、別の通行人に頭を下げる。けれど幾ら声を掛けても、しかとされるか怒鳴られるかのどちらか。
 駅の時計を見ると、もう二十二時間近。一旦人通りも途絶えた所で、哲雄はもうそろそろ止めるかと、帰宅を決意する。がふと見ると、バルタン協会の女性即ち彩子はまだ数少ない通行人に健気に声を掛けているではないか。その姿につい心動かされずにはいない哲雄である。おい、まじかよ、頑張るなあ……。思えば異教徒とはいえ、こんな時間に女ひとりで布教を続けるなど無茶ではないか。そんな心配も手伝い、相手も自分がブースカ仏会の信者だということ位は知っているだろうと、哲雄は思い切って彩子に話し掛けてみることに。警戒心を与えないよう、努めて明るく自然に……。
「今晩は。まだ、やっていかれるんですか」
 えっ、と驚く彩子。以前から意識していたブースカ仏会の男性即ち哲雄が、自分に話し掛けて来るなんて。しかし相手がなぜそうしたのか、直ぐにその心情を察知する彩子でもある。勿論ナンパ目的などではない、異教徒とはいえ女ひとりでこんな時間まで布教している自分への配慮からに違いない。丸で共に布教する、同じ教団の同志からの温かい物言いではないか。相手の人間としてのやさしさに触れる一言であり、生前真面目でやさしかった兄保夫とも重なる。動揺を鎮め、努めてにこやかに返事をする彩子。
「今晩は。もうそろそろ、帰ろうかと思っていた所です」
「そうですか、では良かった」
 笑みを浮かべる哲雄に、彩子も微笑み返す。異教徒である男と女、哲雄と彩子はしばし見詰め合う。秋の宵、ひんやりした風がふたりの間を駆け抜けてゆく。風……、レコードショップは既に閉店し音楽は聴こえないが、それでもふたりの耳にはいつもの『風の道』が聴こえ来るようでならない。
「そちらは、まだ……」と問う彩子。
「自分も、もう帰るつもりでした」
 駅の時計を見ると、もう二十二時である。
「それじゃ、また」急ぐように改札へと歩き出す哲雄。
 また、って同志でもないのに……。「それでは、気を付けて」哲雄の背中を見送りながら、なぜか胸が締め付けられる彩子である。

 その夜をきっかけに、哲雄と彩子は親しく言葉を交わすようになる、といっても勿論ふたり切りの時に限られるが。言葉を交わさぬ間も互いに意識し合いながら、各々の布教に取り組む健気なふたりである。
 一九八〇年代といえば、日本ではまだインターネットのない時代。従って例えばバルタン協会、ブースカ仏会などと特定の新興宗教団体について、第三者が詳しい情報を知り得ることは困難である。にも関わらず彩子と哲雄は互いに相手の教団に少なからず興味を抱いてゆく。この時代、多少なりとも名の知れた新興宗教団体であれば何処も多かれ少なかれ強引な布教勧誘を行いそれによって信者数を伸ばしていたから、しばし世間、マスコミからは興味本位で批判の的とされることも多い。それ故何処の教団にも、悪い噂は付きまとうものである。それらを真に受けず、冷静客観的に相手教団の教義によってのみその良し悪しを判断した場合、キリスト教、仏教の根本的違いはあれど、そんなに受け入れ難きものでもなさそうであり、むしろ機会があればその教えを拝聴してみたいとさえ思う程、ふたりは互いに相手の教団に対し好意的印象を持つようになる。
 自然ふたりの会話は、互いの宗教の教義をベースとした宗教観、世界観の論じ合いが中心となるのである。例えば……。
「キリスト教で言う最後の審判即ち世界の終わりは、いつ頃来るとお思いですか」と哲雄が問えば、「そうですね、二十世紀末辺りに来るのではないかと言われてますが、何れにしろそれで世界が完全に終わってしまう訳ではなく、その時より神に選ばれた市民によって、理想世界が営まれてゆくのです」と彩子が答える。
「理想世界って、詰まり天国のことですね」
「いいえ、ユートピアです」
「では理想世界即ちユートピアと天国とは、別物であると」
「ええ、そうです」
「というか天国は存在しないと」
「勿論です。ですから……地獄も存在しないのです」
 バルタン協会は明確に死後の世界、天国や地獄を否定している。死んだら人の肉体は無に帰し、選ばれた魂だけが人格や個の意識を失った形で神様の中に存在し続けるというより保存され続けるだけであると。
「それはとても歓迎すべきことではありますが、しかし地獄が存在しないのなら、なぜ人はこの世に於いてこうも苦しまねばならないのですか」
「罪の償いの為です」
「償い。ではその罪はその所有者である人が死んだら、どうなるのですか。天国も地獄も存在しないのであれば、死んだ魂は罪を引き摺ったまま、行き場所がありません」
「死んだら、人は……」
 彩子は答えようとする途上で、ふと思う。あの時兄保夫は死んで一体どうなってしまったのだろう、永遠の無に帰してしまったのか。しかしそれでは確かに、償われないまま罪だけが残されてしまう。それとも自殺という神への最大の裏切りによって、今は、いや今も……。
「自分にもそれは分かりません。死んだ後のことなんて、死んでみなければ誰にも分かる訳ないんですから。それにしても二十世紀末に世界の終わりが来ると、幾多の宗教団体が異口同音に唱えておりますが、果たして本当に来ますか」
「もし仮に来なかったとしても、それはそれで幸いなのです。なぜならわたしたちのような者たちの地道な布教活動が神の慈悲に触れたということであり、ひとりでも多くの人類を残し給ふ為に、神が最後の審判を延ばして下さったということなのですから」
 こうした会話の機会を、ふたりは割りと頻繁に持つことが出来た。なぜなら布教中にふたりの取る休憩のタイミングが、申し合わせたかの如く重なったからである。場所は公園だったり、バーガーショップだったり。元々哲雄は布教に熱心ではあるけれど、口下手でどうも上手くブースカ仏会の良さを人に伝えられない。よって布教者としての成績は芳しくなく、事実まだひとりとして教団施設に案内したことがないのである。勧誘した通行人を同志が案内する姿を、いつも指をくわえて見送るばかり。そこで落ち込んで休憩を取る。彩子は彩子で哲雄と会ってからというもの、どうも布教に身が入らず、成績は下降気味。同志からも近頃スランプですね、などと心配され、気分転換したらどうですかと勧められる始末。こうして彩子の方も休憩を取る。そんなふたりが公園やバーガーショップで、ばったりと顔を合わせるという流れ。
 公園ではベンチに腰掛けたり、景色を見たりしながら。バーガーショップでは同じテーブルで肩並べ、フィッシュバーガーを頬張り珈琲をすすりながら。そんなふたりの姿を見れば何も知らない他人は、お似合いのカップルだなどと思うに違いない。しかし話す内容は相変わらずの宗教談義である。
 そんなふたりも幾度となく親しく会話をすれば、異教徒とはいえ名乗り合わぬのも不自然ではないか、そんなふうに思えて来てならない。そこで改めて「自分、三上と言います、三上哲雄です。哲雄の哲は哲学の哲……」
「こちらこそ、わたしは雪川彩子と申します。ええ、降る雪の雪、彩子は色彩の彩の字……」
 以後、時に家族の話などするようにもなり、遂に兄保夫のこと、そして哲雄が保夫に似ていることも明かす彩子。ただし死因が自殺であったことまでは告げられない。どの宗教に於いても恐らくはブースカ仏会も同様と思われるが、自殺というのは創造主を裏切るそれは重い罪とされており、つい気が引けたのである。
「ですから、初めてお顔を拝見した時から、他人のような気がしなくて」
「そうでしたか、しかしまだお若いのに……。自分も高校の友人が早くに亡くなりましたから、お気持ち分かります」
 ところが彩子から保夫の話を聞いたその日の眠りの中で、哲雄は不思議な夢を見る。枕元に見知らぬ、しかも自分に良く似た顔の男が現れ、苦しみもがく様子でこう訴えて来るのである。
「彩子を救ってくれ」
 彩子、驚いた哲雄は男に問い掛ける。
「あなたは誰ですか」
 すると男は答える。「彩子の兄の保夫です」
「お兄さん」
「後生ですから、どうか妹を助けてやって下さい」
 しかし行き成り、彩子さんを救ってくれ、助けてと懇願されても、さっぱり事情が呑み込めない。彼女は自分の信仰に満足しており、別段困っている様子も見受けられないではないか。一体どういうことだ……。
 はっと目が覚める、まだ夜明け前である。しかし変な夢を見たものだ。昨夜、彩子さんからお兄さんの話を伺った直後だったからだろうか……。うん、そうに違いない。納得すると、直ぐにその夢を忘れてしまう哲雄である。
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