第8話

文字数 900文字

 そうねえ、と小百合はふふんと笑う。わたしは彼女の薄くピンクに塗られたつるんとした爪を眺める。小百合は法学部の中では随分とあか抜けている方だ。わたしから見ると明らかに「あちら側」の人なのだけれど、なぜか私のことを気にかけてくれていて、たまにこうして一緒にお昼を食べる。たまに合コンに誘ってくれたりもする。

 この前誘ってくれた合コンの相手はうちの大学の大学院に在籍する男の人達だった。四条のちょっと洒落たビアバーで向かい合って座って当たり障りのない自己紹介をした。その中の一人に、眼鏡をかけたちょっと丸っこい人のよさそうな田村さんという人がいて、田村さんはなぜかわたしを気に入ってくれたみたいでちょっとデートらしいことをしてみたことがある。

 丸山公園にお花見に行こうと誘われて一緒に行ったのだけど、コンビニのレジ袋にジャンクなお菓子を詰めて持って行ったわたしに対して、田村さんが大きなバッグから取り出したのは手作りのお弁当だった。栄養バランスも見た目の彩りもばっちりで、つやつやとした緑色のピーマンの肉詰めだったり、丁寧に均一に刻まれた牛蒡と人参のきんぴらだったりがお弁当箱一杯に詰められていてわたしは衝撃で半ば気を失ってしまった。そうか、人はデートでピクニックに行く時はお弁当を作っていくのか。

 入学した時の新歓コンパから始まり、ピクニックと言えばジャンクなおつまみを食い散らかしてあとはアルコールを摂取して誤魔化すという印象しかもっていなかった。正直にそういうと、田村さんはあはは、と気のよさそうな笑い声をあげた。気にしないで、僕が好きでやってるだけだから、と言ってくれたのだけど残念ながらその後デートの誘いが来ることはもうなかった。もしかしたらわたしが気を失いながらピーマンの肉詰めを口に運んでいる間に何か重要な会話が交わされて、わたしはうまく受け答えが出来なくて呆れられてしまったのかもしれない。
 
「でも、ピーマンの肉詰めは美味しかった」とすずめ荘のみんなに報告したら、腹を抱えて笑われた。わたしの大学生活は、とにかくそんなんばっかりである。

「でも、そんなになんかしたいなら、これなんてどう?」
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