Still D.R.E.
文字数 2,221文字
中央線で吉祥寺まで行き、そこから井の頭線で渋谷まで行く。日付が変わろうとしているのにも関わらず多くの人で溢れていた。人混みをかき分け忠犬ハチ公像の前まで行くと彼は気持ち良さそうに音楽を聴きながら俺を待っていた。
「早かったね、とりあえず一服しようか」と彼は言うと歩きながら一枚の紙を取り出した。その紙にはHIPHOP/R&Bクラブイベント入場券と書かれていた。
喫煙所に着くと彼はどこからかピースを取り出し火を付けた。
「お前今日誕生日じゃん?」と言うと煙草の灰を軽く落とした。
「俺、クラシックとロックしか聞かないからあんまりわからんよ」とハイライトを咥えながら言った。
「まあ、いいから酒飲んで音楽聴くだけだから行こうぜ。可愛い子もたくさん居るしね」
それが決め手となり彼の後をついて行くことになった。普段は家にいることが多いが、誕生日くらい夜遊びしたってバチが当たることは無いだろうと思いながらも浮き足立っていた。
ラブホ街を抜けしばらく歩いて行くと、予想よりも小さな建物が現れた。全体的に赤くなんの施設なのかわからない風貌をしており、入り口にいる屈強な男が物々しい雰囲気を漂わせていた。彼はその男に話しかけ、見慣れない様式の挨拶をすると中に案内された。扉を開けて中に入ると全体的に暗く不思議な匂いが充満している。受付でチケットを提示するとドリンクチケットと呼ばれる紙を手渡された。彼に続き中に入ると小さいバーの様なスペースとDJが曲をかける装置が置いてあり、その周りで誰もが踊り狂っていた。
心臓に響く大きな音に気分が高揚し、音の波に身を委ねていると彼が先程のドリンクチケットをレッドブルウォッカと交換し持ってきてくれた。
「今日俺の知り合いがメインフロアーでDJをやるんだ。一本吸ったらそっち行こう」と彼は酒を飲みながら大きな声で言った。
ここの他にステージの様な場所があるということで手渡された酒を一気飲みして再度彼の後を追う。階段を登る途中シャブと酒をちゃんぽんしていたことに気がつき急いでトイレに駆け込んだ。長い時間ダムの放流を眺めた後、最悪の気分でメインフロアーに入るとそこには体育館の様な空間が広がっていた。会場は多くの人で賑わい、皆それぞれが音に酔いしれていた。
朦朧とする意識の中、見慣れた後ろ姿に声をかけると大丈夫かと聞かれ、水を渡された。滝の様に流れる汗を拭きながら水を飲むと少しだけ気分が良くなり、ステージの舞台袖から左目の下に二つ並んだほくろが特徴的な女性が出て来るのが見えた。朦朧とする意識の中その女性に目を奪われた。彼女の綺麗な三白眼の黒目には一切光が入らずなんの像も写して無いように感じられた。洗練された黒と暴力的な黒。その二つを決められた手順で混ぜた色をしていた。次の瞬間大音量でピアノの音色が聞こえた。その旋律は小さな頃から慣れ親しんだクラシックを彷彿とさせた。ここはHIPHOPしか流れないはずだと疑問に思いつつ、意識が強制的にその音に釘付けになり気持ち悪さも忘れて心地の良いグルーブ感に全身を包まれた。
「なぁ、なんだこれ、なんて曲なんだ?」と我を忘れて彼に問いただす。
「カッコイイよな、これはDr. DreのStill D.R.E. (feat. Snoop Dogg)って曲」
カルチャーショックとでも言うのだろうか、なんて自由なんだろうか。俺の求めていた物全てがそこにあった気がした。そしてそれが俺を包んでいた虚無感を全て吹き飛ばした。
興奮冷めやらぬまま一度喫煙するためにメインフロアーを彼と共に出た。
「これがHIPHOPなのか?なんと言うかとにかく凄いな」あまりの衝撃に語彙力を失う。
「それだけじゃないよ、HIPHOPには夢があるんだ。どんなにクソみたいな状況でもマイク一つでそれを変えちまうんだよ。俺はそれを信じてるからな。いつかあのステージにも立ちたいんだ。俺だけじゃなくてお前にも出来ると思う。いや、俺らにしか出来ねぇ事だな」と酔っ払いが言う。
「なぁ、何から始めたらいい?」と聞く。
「最初は名前からじゃないかな」
「もうお前は決めてるのか?」
「俺のはもう決まってる。Shag sense」
シャグセンス—? シャグは……確か手巻き煙草の葉っぱのこと。それにセンスを繋げる。
「手巻き煙草マスター的な意味?」
「全く違う。シャグに火を着けることも着けないことも出来る。分別があり、冷静になったり、熱くなったりも出来るということを大きな意味での解釈やニュアンスも含めてShag senseかな」
想像してたよりも複雑かつ、美しい名前に驚くと同時に自分の名前はどうしようかと思い焦る。
「お前はどうするんだ?」
頭の中で思考が巡る。落ち着くためにハイライトを一本出し、クールスモーキングする。
「うーん、ピース、ピースアッパー、ピースダウナー、ピースダウナー」呪文の様につぶやいた後思ってたよりもしっくりくることに驚いた。
「どんな意味?」
「俺は争い事とかそう言うのは好きじゃない。出来るだけ誰とだって平和でいたいしそれが一番かっこいい。後はアッパー系のやつよりもダウナー系の方が好きだからそれを合わせてPeace Downer」
「素敵だね」
「名前も決まったし、目標は大きく俺らで日本武道館だな!」と酔った勢いでふざけて言った。
その瞬間、一匹のレミングが胎動した。
「早かったね、とりあえず一服しようか」と彼は言うと歩きながら一枚の紙を取り出した。その紙にはHIPHOP/R&Bクラブイベント入場券と書かれていた。
喫煙所に着くと彼はどこからかピースを取り出し火を付けた。
「お前今日誕生日じゃん?」と言うと煙草の灰を軽く落とした。
「俺、クラシックとロックしか聞かないからあんまりわからんよ」とハイライトを咥えながら言った。
「まあ、いいから酒飲んで音楽聴くだけだから行こうぜ。可愛い子もたくさん居るしね」
それが決め手となり彼の後をついて行くことになった。普段は家にいることが多いが、誕生日くらい夜遊びしたってバチが当たることは無いだろうと思いながらも浮き足立っていた。
ラブホ街を抜けしばらく歩いて行くと、予想よりも小さな建物が現れた。全体的に赤くなんの施設なのかわからない風貌をしており、入り口にいる屈強な男が物々しい雰囲気を漂わせていた。彼はその男に話しかけ、見慣れない様式の挨拶をすると中に案内された。扉を開けて中に入ると全体的に暗く不思議な匂いが充満している。受付でチケットを提示するとドリンクチケットと呼ばれる紙を手渡された。彼に続き中に入ると小さいバーの様なスペースとDJが曲をかける装置が置いてあり、その周りで誰もが踊り狂っていた。
心臓に響く大きな音に気分が高揚し、音の波に身を委ねていると彼が先程のドリンクチケットをレッドブルウォッカと交換し持ってきてくれた。
「今日俺の知り合いがメインフロアーでDJをやるんだ。一本吸ったらそっち行こう」と彼は酒を飲みながら大きな声で言った。
ここの他にステージの様な場所があるということで手渡された酒を一気飲みして再度彼の後を追う。階段を登る途中シャブと酒をちゃんぽんしていたことに気がつき急いでトイレに駆け込んだ。長い時間ダムの放流を眺めた後、最悪の気分でメインフロアーに入るとそこには体育館の様な空間が広がっていた。会場は多くの人で賑わい、皆それぞれが音に酔いしれていた。
朦朧とする意識の中、見慣れた後ろ姿に声をかけると大丈夫かと聞かれ、水を渡された。滝の様に流れる汗を拭きながら水を飲むと少しだけ気分が良くなり、ステージの舞台袖から左目の下に二つ並んだほくろが特徴的な女性が出て来るのが見えた。朦朧とする意識の中その女性に目を奪われた。彼女の綺麗な三白眼の黒目には一切光が入らずなんの像も写して無いように感じられた。洗練された黒と暴力的な黒。その二つを決められた手順で混ぜた色をしていた。次の瞬間大音量でピアノの音色が聞こえた。その旋律は小さな頃から慣れ親しんだクラシックを彷彿とさせた。ここはHIPHOPしか流れないはずだと疑問に思いつつ、意識が強制的にその音に釘付けになり気持ち悪さも忘れて心地の良いグルーブ感に全身を包まれた。
「なぁ、なんだこれ、なんて曲なんだ?」と我を忘れて彼に問いただす。
「カッコイイよな、これはDr. DreのStill D.R.E. (feat. Snoop Dogg)って曲」
カルチャーショックとでも言うのだろうか、なんて自由なんだろうか。俺の求めていた物全てがそこにあった気がした。そしてそれが俺を包んでいた虚無感を全て吹き飛ばした。
興奮冷めやらぬまま一度喫煙するためにメインフロアーを彼と共に出た。
「これがHIPHOPなのか?なんと言うかとにかく凄いな」あまりの衝撃に語彙力を失う。
「それだけじゃないよ、HIPHOPには夢があるんだ。どんなにクソみたいな状況でもマイク一つでそれを変えちまうんだよ。俺はそれを信じてるからな。いつかあのステージにも立ちたいんだ。俺だけじゃなくてお前にも出来ると思う。いや、俺らにしか出来ねぇ事だな」と酔っ払いが言う。
「なぁ、何から始めたらいい?」と聞く。
「最初は名前からじゃないかな」
「もうお前は決めてるのか?」
「俺のはもう決まってる。Shag sense」
シャグセンス—? シャグは……確か手巻き煙草の葉っぱのこと。それにセンスを繋げる。
「手巻き煙草マスター的な意味?」
「全く違う。シャグに火を着けることも着けないことも出来る。分別があり、冷静になったり、熱くなったりも出来るということを大きな意味での解釈やニュアンスも含めてShag senseかな」
想像してたよりも複雑かつ、美しい名前に驚くと同時に自分の名前はどうしようかと思い焦る。
「お前はどうするんだ?」
頭の中で思考が巡る。落ち着くためにハイライトを一本出し、クールスモーキングする。
「うーん、ピース、ピースアッパー、ピースダウナー、ピースダウナー」呪文の様につぶやいた後思ってたよりもしっくりくることに驚いた。
「どんな意味?」
「俺は争い事とかそう言うのは好きじゃない。出来るだけ誰とだって平和でいたいしそれが一番かっこいい。後はアッパー系のやつよりもダウナー系の方が好きだからそれを合わせてPeace Downer」
「素敵だね」
「名前も決まったし、目標は大きく俺らで日本武道館だな!」と酔った勢いでふざけて言った。
その瞬間、一匹のレミングが胎動した。