頭狂ファナティックス

ショッピングモールの内乱⑦ 決着

エピソードの総文字数=2,997文字

 銀太と紅月は也則を殺すと、すぐさま犬童の逃げた方向に駆け出した。気がつけば、二人の体温は平常に戻っていた。能力者が同じ階にいるために体温の変化が起きていない可能性もあったが、すでに七星が犬童を殺害したのだろうと二人は踏んでいた。
 二人が四階の通路を走っていると、七星と犬童が争った場所はすぐに明らかになった。七星が寝床として使っていたぬいぐるみ専門店の自動ドアが破壊され、散らばったガラスがオレンジジュースに浸かっていた。七星が自動ドアを破壊して中に踏み入ったと二人は解し、また店の中から何の物音も聞こえないことからすでに決着がついていることを悟った。

 しかしその決着は意外な形でついていた。
 店の奥で七星が頭頂から股にかけて、身体が真っ二つに切断され死亡していた。
 床に投げ出されている七星の死体の傍らには犬童が慄然とした様子で立っていた。
 銀太はその光景を見た途端、犬童に突貫して胸倉に掴みかかった。
貴様が! 貴様が常盤先輩とお姉ちゃんを殺したのか!
黙れ! 動くんじゃない! お前ら二人とも殺されるぞ!
 犬童は激昂した銀太を立ち竦ませるほどの怒声を上げた。その怒声は自分が次のまばたきをする前に死んでいると確信できるほどの絶望に飲み込まれたものだけが発せられる怒声であり、銀太の激昂の叫びを上回るものだった。紅月は犬童の方にではなく、七星の方に駆け寄ってその遺体を調べようとしていたが、犬童の怒声に驚き、そちらに顔を向けた。
俺が常盤を殺したんじゃない! その犯人はそこにいる! 入口の脇にあるぬいぐるみの山の中だ! 奴はそこに隠れている。動くな! 一歩でも近づけばお前ら二人とも殺される。今はここから三人が生きて出ることだけを考えろ! 今は俺とお前らがいがみ合っている場合ではない!
 銀太と紅月は店の入り口の方に目を向けた。確かにそこには店に置かれていたぬいぐるみが部屋の脇に寄せられて、人が一人隠れられるほどの山になっていた。犬童は銀太の肩に両手を置いて、ぬいぐるみの山に突撃しないように押し止めていた。
犬童はそこにいる奴を見たのか? 奴のコンプレックスを見たのか?
 銀太は自分の肩から手を離そうとしない犬童に食ってかかった。七星が殺害されたこの異常事態において、賢い判断を下していたのは紅月だった。紅月は七星の遺体を調べ、殺害に使われたコンプレックスの正体を解き明かそうとしていた。七星の遺体は綴の遺体と同様、刃物で裂かれた痕跡も、巨大な力で引き裂かれた痕跡もなかった。しかしどのような手段で人体を縦に切断したのかとなると、皆目見当がつかなかった。
俺が常盤に追われ、この部屋に追い詰められると、そのあとすぐにそいつはここに入ってきた。そして一瞬で常盤を殺した。俺は奴の正体も、そのコンプレックスも見た。
言え! そこに隠れているのは誰だ!
落ち着け! 俺にもすでに奴のコンプレックスの痕跡がつけられている! 奴の正体を明かそうとすれば、俺は口を開く前に殺される。奴が俺を殺そうとした瞬間、お前たちがこの部屋に駆け寄ってきたんだ。そしてなぜか奴はぬいぐるみの中に隠れた。常盤が前に言っていたように、八人目の生徒会役員はその正体がバレることを異常に恐れている。
痕跡? 痕跡とは何だ!? 背中か? 背中についているのか? 後ろを見せろ!
やめろ! ここで奴の正体を明かそうとするな! 今はこの三人が協力して、ここから逃げ出すんだ! 奴とは戦おうとするな。三人がかりで勝負を挑んでも、奴の能力には勝てない。いいか、生きて逃げ出すことだけを考えるんだ。理由はわからないが、奴は俺たちを殺すことより、正体や能力を隠すことを優先する。余計なことをしない限り、お前らの前で奴はコンプレックスを見せることはしないだろう。
いいから、その正体を教えるんだ!
 紅月が止めに入る一瞬の間も与えずに、銀太は犬童に鋏を叩き込んだ。犬童の身体は背後にあるぬいぐるみとともにいくつもの部分に切断され、そして『石蹴り遊び』の能力によって、その部位はすべて一つに接合した。犬童は人間と多くのぬいぐるみが融合した奇妙な生物に成り果てた。
犬童、お前は三分も経たないうちに全身がぬいぐるみと融合する。そこにいる人間の正体を言うんだ。お前は口を割ろうと割らまいと死ぬ運命にある。
この畜生が! お前には脳みそというものがスプーン一杯分もないのか! 俺と協力関係を結ばなかったことを後悔しろ! 言ってやる! 奴の正体とそのコンプレックスをな! そしてお前らも奴に殺されろ! 奴の正体は……
 その瞬間、犬童とぬいぐるみが融合した奇妙な生物は頭頂から股にかけて、真っ二つに裂けた。その光景は真っ二つに裂けた、としか表現しようがなかった。何の攻撃の形跡も、何のシンボルもなく一瞬でその身体が裂けたのだ。犬童が即死するその姿を二人は呆然と見つめるしかなく、何が起きたのかも理解できなかった。
 そのために背後で物音がしたときには、殺人犯はぬいぐるみの山の中から飛び出して、部屋から抜け出していた。反射的に二人は足音を頼りに殺人犯の後を追った。紅月は『太陽の塔』を発動しようとしたが、足音から判断するに、殺人犯はわずかに能力の範囲から外れており、こちらの身体が爆破される可能性があったため、ハンドベルを鳴らすことができなかった。
 殺人犯の足音はぬいぐるみ専門店の隣にあるトイレへと消えていった。そこには男女別、二つのトイレの入り口が並んでいたが、足音は手前にある女子トイレに入っていったのを銀太と紅月は確かに聞いていた。二人は女子トイレに飛び込んだ。
 その女子トイレは奥に小さな窓が一つ、左手側の奥に三つの個室、その手前に二つの洗面台があるだけの小さなトイレだった。
 足音はすでに消え、そこには誰の姿も見えなかった。
紅月、ハンドベルをいつでも鳴らせるようにしていろ。犯人が隠れているのならば個室のうち、どれかだ。他に隠れる場所はない。あの窓は人が通るには狭すぎる。相応のコンプレックスを使わなければ、あそこから脱出することは不可能だ。
あの殺し方、人間のなせる業とは思えなかった。しかし犬童先輩は確かに自分にはコンプレックスの痕跡がついている、と言っていた。異常な殺人に使われたコンプレックスにも何かしらの条件があることは確実だ。何かしら身体に変調をきたしたならば即座に逃げるぞ。さもなければ、身体が二つに裂ける。
 二人は殺人犯と対峙する覚悟を用意する時間もなく、三つの個室の戸を開けなければならなかった。躊躇いを見せれば、それだけ殺人犯に手管を使わせる時間を与えることになる。
 銀太はまず一番手前の個室の戸を開けた。その背後では紅月が相手の奇襲に合わせて『太陽の塔』を発動できるように待機していた。個室の中には誰もいなかった。
 銀太は中央に位置する個室の戸を開けた。そこには誰もいなかった。
 銀太は一番奥にある個室の戸を開けた。やはりそこには誰もいなかった。
 半開きになった三つの戸がかすかに動く、きぃきぃという音を二人は放心して聞いていた。
逃げられた? この狭いトイレの中から? どうやって? 他に隠れるような場所はない。脱出経路もない。銀太、こいつはマジにやばいぜ。綴ねえと常盤先輩を殺した犯人のコンプレックス、俺たちの想像を遥かに越える異常性だ。

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