第10話 瑛斗⑤

文字数 851文字

焦っていた。

すぐに戻れると思っていた場所に、自分の居場所がなくなるようで。


アンカーに選ばれた頃から、意識して佑樹や紗也と一緒にいるようになった。

でもやっぱり、前と同じというわけにはいかない。
それどころか、一緒にいればいるほどなぜか遠い感じがした。

中学に行ったら、きっともっと一緒にいられなくなるだろう。
今しかここに戻るチャンスはないと思った。

無理やりにでも一緒の時間を作った。
二人が望んでいなくても、オレが一緒にいたかったから。

そう、戻りたい。
置いていかれたくない。

それくらい、オレにとってはこの二人は特別な存在だった。




運動会は結局佑樹と一緒に走ることができなかった。
佑樹と一緒に走るということが、オレには大切だったのに。

チームは負けたけど、そんなことどうでも良かった。

ゴールして息をきらしながらすぐに佑樹を見た。

けど、佑樹はこっちを見てなかった。

佑樹の視線の方を見ると、紗也と目が合った。


呼吸が静まるのと反対に、
心がざわざわした。


もう前みたいに3人でいられる日は、もしかしたら来ないんじゃないかという予感。



6年のバレンタイン。

紗也が1人で家に来た。

「今年は佑樹一緒じゃないんだ?」

「うん、瑛斗のとこに先に来たから。」

毎年もらってる小さな箱ではなく、高さのある立体的な箱だった。

「これ、チョコ?でかくない?」

「…ケーキ。作ったやつ」

「え、すげーな、作れんだ、紗也」

「まぁね、意外とできた。」

「佑樹もケーキ好きだからな」

「…ケーキは……瑛斗の。佑樹には違うのあるから」

「えっ、なんでだよ、佑樹にもあげれば?」

オレは冗談だと思って軽く笑った。
でも紗也は何も言わなかった。

「じゃ、佑樹んち行くから」

「……おー、じゃあな」

玄関の扉が閉まった瞬間、扉がバッと開いた。

「佑樹には、瑛斗と同じチョコだって言うから」

「…へ?」

紗也はそれ以上何も言わなかった。

パタンと玄関の扉が閉まっても、オレはしばらくその扉を見つめていた。




今の、なんだ?

なんだった?

なんで?

なんで、佑樹と違うやつ?






3人でいるのが、好きだった。



のに。



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