〇三・ 清掃員:円藤美奈和(えんどう・みなわ)の業務。
文字数 3,468文字
「…はい。ベーコンかりかり卵三つサニーサイドエッグ。少々お待ちを~ ♡ 」
「…好きなもの頼んでいーんだよ…?」
いつものように、先生が、ちょっと困った笑顔で、『選べるメニュー表』を指し示す。
「ベーコン、好きなんで… ここの、美味しいんで… 高いやつ頼んですいません…?」
「…いや、そーじゃなくて。ね~…?」
…ふつう使用人というのは、御主人サマとは一緒の食卓にはつかないだろうと思う。
清掃員という仕事は、使用人層の中でも、一番下っぱの汚れ仕事ってやつだと思う。
でも何故か、あたしは先生というレッキとした雇い主サマや。
雇用主側の。
…側近というか、重役というか?
…難しそうな、ハイスペックな?
高給取り(たぶん)の、役職業務を担当している、偉い?人たちと…。
一緒に。
朝食を食べるハメになってる…。
へたすると、昼食も夕食も、夜食まで…(超豪華・高級メニューで!)
一緒だったりする。
…いいのかなぁ? と。
最初の頃は、落ちつかなかった。
でも、ご飯が美味しい。
部屋で自炊するより、(ここからじゃ遠くてそもそも不可能だけど)
コンビニ弁当やスーパーの閉店前の半額弁当を、買いに走るより…、
安くて、
…美味しい!
人間、ラクには、流される。
今ではすっかり『食堂で、みんなと一緒のご飯!』が。
あたしの、『普通』になってる。
…美絵にも、食べさせてあげたかったな…。
こんなふうに。
…大家族で。
温かい、美味しいご飯を…。
…と、時々思う。
美絵というのは、あたしの娘だ。
先生にはとても可愛がってもらった。
今はアパート借りて大学に行っていて、就職活動をしている。
そんな風に美絵を立派に育てられるなんて、ぜんぜん思ってなかった。
これもみんな、先生と出会えたおかげだ。
*
先生が、そうじ係を募集していた。
まだ、デビューしてそんなに経ってない。
郊外に、古い一軒家を借りたばかりの頃だ。
『 清掃員、募集。
電気掃除機も合成洗剤も使わずに、
一軒家と庭をまるごと掃除できる、
綺麗好きのかた。
女性限定。完全禁煙。子連れ通勤可。
(住み込み応談) 』
そんな張り紙が。
母子家庭の公設避難寮の伝言板と。
そのすぐ向かいの自然食八百屋の店先に。
そぉっと、貼られてた。
あたしはDV夫から逃げてきた、ばかりで。
重度アトピーの、泣いてばかりいる、
まだ小さい美絵を、預ける先も見つからなくて。
仕事探しも出来なくて。
でも生活保護の担当官からは毎日毎日、「働け!働け!」って、
…怒られてて。
毎日いつも、かさかさで赤むけした皮膚を痛がって泣く、
美絵と一緒に。
めそめそと、哭いてばかりいた。
『 掃除機も 合成洗剤も 使わずに 』
…掃除…?
…出来る。よ…!
だって美絵のアトピーに良くないって保健所で習ったからね!
がんばって…
覚えたんだよ!
住所を母子寮の管理人さんに教えてもらうと、寮から歩いて通える距離だった。
さっそく、飛んでいって応募した。
面接、即『試験採用で。』ってハナシになった。
…『綺麗好き』ってところは。
イマイチ、先生の要求レベルには合ってなかったらしくて…
最初の頃は。
「…扉の上の埃も、ちゃんと拭いておいて下さいね?」
とか、
「視力の弱い私に代わって、きちんと掃除してほしいから、ひとを頼んでるんですよ?」
とか。
ちょくちょく、叱られてしまったけれども…。
そうやって、先生に注意されたポイントを。
母子寮の、自分たちの部屋でも、きちんと掃除。
してみたら…
美絵が!
美絵の… アトピーと、喘息が…!
目に見えて、ぐんぐん軽くなってった。
…そうか!
ごめんね。
今までの掃除。
まだ、雑だったんだね~~~ッ!!!???
泣き笑いしながら、美枝を連れていって先生に報告したら、一緒に喜んでくれた。
*
それから。
初対面の編集の人が、こっそり吸ってった煙草の臭いの追い出しかたとか。
嫌がらせで壁に書かれた赤ペンキの血みたいな染みの、安全な消し方とか。
こっちから、教えてあげられることも多くて。
だんだん、仲良くなって…。
美絵を連れて、先生の買った(コットウ的に古い)木造洋館の離れというか、母屋とつながっている車庫部分の二階?に作りつけられた、昔ながらの『使用人部屋』(と言うらしい)の、小さな部屋に。もちろん、美枝を連れて、一緒に…だ!
住み込みで、働かせてもらえるようになった。
そこから、空き時間には他のパートに出たり。
先生の事務を手伝って、バイト料を貰ったり。
がんばって、稼いで、お金を貯めて…。
(その頃は、先生のご飯も時々あたしが作ってた。
ご飯の評価は、かなり、イマイチだったけど…。)
美絵はそこから小学校に通った。
中学も、高校にも通った。
美絵が大学に行くって言って、親元を離れることが本気まりになった…
頃に。
先生は、このビルを…
どかん!と、おっ建てた。
「…これからは、この寮に一緒に住んで。
共用部分全体の掃除をお願いします… 大変だと思うけど。」
そう言って、笑った。
*
毎日の掃除は、週五回。
共有部分の各階の廊下とトイレと、玄関まわりと。
あとは天気と季節に合わせて仕事の内容は変わるからと、
あたしの勤務は完全フレックスタイム(自己申告制)ってやつになったけど。
週五日、午前十時から十一時の間だけは。
、基本、食堂担当の「代理」を務める。
和子さんの、ブランチ休憩だからだ。
だいたい、そんな時間を狙ってやってくるのは、
マンガ家の先生たちと、そのアシスタントの皆さんだ。
こっそり和子さんが苦手なせいらしい。
…だって、熱いものは熱いうちに食べて!
とか?
箸はきちんと持ちなさい。
とか、
スマホ見ながら食べないで!
…とか?
食べかたを、厳しく見張ってる感じが…
するからね?
せっかくの炊き立てご飯を!と。
和子さんが(最初のころは)ぷりぷり怒りながら握ってたオニギリの山を。
好きな時に、好きなだけ、盗って食べて。
オカズは、好き嫌いして…
かじりかけで、半分以上、残してあったり…
して。
(さすがに、生ゴミ入れに捨てられていた時は、戻ってきた和子さんがブチ切れた…
「食べ残しは綺麗によけて、ラップかけて冷蔵庫に入れろ!
出来ないやつは今すぐ出て行け!」って。
真っ赤に怒って、泣きながら怒鳴りつける…
大騒ぎになって。
先生が、全面的に和子さんの味方をしたんで。
漫画家さんたちは、みんな恐縮して…、
ちゃんとする。って約束して、一件落着になった…)
…の。
それでもやっぱり、忙しくて、寝不足だと、乱雑に食べ散らかして。
お皿も自分で洗わないで、シンクやテーブルに乱雑に放っていったりするのを、
慌てて、片づけて。
和子さんが戻って来るまえに。
一見、こぎれいにしておく…
…のが、もっぱらのあたしの、『追加』業務だ…。(苦笑)。
*
あとは。
通称『 パペ寮 』とか『パペルの塔』とか呼ばれてる。
この、お城の。
(あたしにとってはお城だ。)
(※ 名前の由来は、先生たちが「紙」に色々と書いたり描いたりして稼いで建てた、『紙のお城』だからだそうだ。…パペルって『ペーパー』のスペイン語?の読みかたらしい…。)
上から下まで、毎日綺麗に。
はたいて掃いて、拭いて磨いて。
毎日だいたい同じ繰り返しだけど。
季節に合わせて、曜日を決めて。
天気を観ながら、所々を。
順番に『部分大掃除』して。
秋の終わりの『雪仕度』の時期と、年末と、
春の始めの雪解け直後の忙しさが、終わった頃、には。
みんなが手伝ってくれるから、仕事を割り振りして。
人数分の道具を、たくさん用意して。
「あたしが一番偉い!」の
『総指揮官の日!』になって…、
先生本人まで、アゴで使って。
大・大・大掃除…!
して。
終わったら、和子さん担当聖域の、大食堂で…
大・宴会だ… ♡
…それが、最大の、楽しみで。
生きてる…。
…毎日、楽しいよ…!