最後の原人

文字数 1,272文字

 その年の夏は例年になく、寒かった。大型の動物は近くから消え、秋も終わろうというのに冬の備えもままならなかった。
 この地域のネアンデルタール人はポポの家族以外は死に絶えてしまった。5歳になったばかりの女の子ポポとその両親は、ひっそりと海岸の洞窟で暮らしていた。

 いつもなら、鹿や熊が冬支度のために麓にまで下りてくるのに、今年はさっぱりだった。
「今日も、ウサギだ。」

「向こうの小人たちは、遠くの仲間から食料を分けてもらってるらしいわよ。」
 彼らが小人と呼んでいるのは、クロマニヨンのことだ。母がこっそりと彼らの集落の様子を見てきたらしい。
「われらは、偉大な狩人なのだ。自分の家族は自分で養う。これが、我らの誇りだ。」
 頑固な父は、他人に助けを求めることはしなかった。

 真冬になり、わずかばかりの干し肉をかじる日々が続いた。
「猟に出てくる。」
 と言い残して父は消えた。数日後
「父さんを探してくる。」
 といって、母も消えた。
 洞窟には、寒さをしのぐための毛皮と、ポポがかろうじて冬を越せる程度の食料だけが残っていた。

 両親がいなくなって、一ヶ月した後、雨の降る洞窟の入り口に動物の気配がした。
「狼?それともハイエナ?」
 雨の日に肉食獣がくることなど無いはずだが。ポポは獲物を狙う豹のように身をかがめ、気配を消した。

「だれかいるのかい?」
 仲間の言葉だ。
「私、ポポ。あなた、誰?」
 小柄な男が洞窟の中に入ってきた。

「僕は、タボ。旅人だ。」
 男は、見慣れない毛皮を着ていた。彼の背中にあたる入り口の光が消えたとき、ポポはハッとして身動きができなくなった。それは、小人族の男性だったからだ。
「旅の途中で、君たちの言葉は習った。心配しなくていい。天気が回復したらすぐに出て行く。」

 男はクロマニヨンの若者で新天地を求めて旅をしていた。よい土地が見つかったら、仲間と暮らすのだそうだ。本当の名前はカルフォ・クロフィス。ネアンデルタールには発音ができないため、旅先でタボという名前をもらったそうだ。
「食べるかい?」
 といって、彼は袋の中から、小さな黒い塊を出してきた。
「虫?」
 虫を乾燥させたものを食料として持ち歩いているらしい。
「砂漠の仲間に教えてもらった。こうすれば、何日も腐らずに食べられる。」
 彼が食べる様子を見て、ポポも恐る恐る口に入れてみた。まずくはない。しかし、干し肉のような満足感は、到底、得られなかった。

「ここはいいところだ。先祖の霊が守っている。だから動物たちも入ってこない。」
 どうやら、入り口に埋めた先祖の遺骨のことを言っているようだ。その臭いで、中の人間の気配が肉食獣にはよくわからないらしい。
 雨が上がると、約束通りタボは出て行こうとした。
「一緒にいく。」
 ポポは一人でいるのが嫌だった。
「今は、冬だ。体力のないポポには無理だ。暖かくなったら、仲間も移動する。その時に迎えに来てあげよう。」
 彼は、持っていた乾燥した虫を半分置いて、出て行った。
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