鈴波千那

文字数 3,678文字

「……お、ぉお……」



感極まるとはこの事を言うのだろうか。



俺は、気が付いたらそこに居た。そこは流石、神様と言うべきだ。

さっきまで遠くに感じていた街の全貌が明らかになる程まで近くに居て、俺達が今まで居た祭壇の丸柱が遠くに見える。

でだ、

「お前は、距離を取るのが早いな」

それも、また“気がつけばアイツはそこに居た”と言うやつだ。

小さい体が余計に小さく見えるんだよな。



「魔物もでるかもしれないし、早く街に行かなくちゃ」



枯渇しているせいだろう、見晴らしはいい。と、同時に相手からも同じ状況。

ならば急ぐ他ない。日もすっかり落ち、街頭も何も無い此処は朧月が薄暗く照らすのみ。それに俺は武器も無ければ戦いの素人。魔物数匹に囲まれたら生き残れる気がしないとしか言えない。



風も止まり作り出した静寂を肌寒さだけが刺激する。



俺はその静寂に“ジャリ”ッと音を響かせながら強い一歩を踏み込んだ。

少し離れた場所から放たれる淡い光を目指す為に。まるで楽園のようなその場所を。



「行くぞ、ワンコー!!」



「──ラオォーーン」



なんだよ、その遠吠えは。文句がありそうな吠え方だな。ぁあ、そうか、

「お前、狼だもんな、そーいえば」



きっと、距離を取り……かなり距離を取り、付いて来てるであろうスノーウルフに話を掛ける。

動物が嫌いな俺が、動物に話を掛けているのは、それしかやる事が無いからに違いない。



人は例えば嫌いな食べ物しか無かったら嫌顔でもそれを口に含む。今の俺はきっとソレだ。



「……ラウッ!!」



「小さくて狼に見えないけどなッ?  あははは──ッて!!  いっってぇ!  お前今、何投げた!?」



頭を押さえ、目を伏せると“コロコロ”と転がる手のひら程の石ころが一つ。

アイツ、器用にも石をぶん投げやがったのか!



俺は体を反転させ振り向くと案の定、立ち止まる。

「俺の言葉が理解出来るのか?」



いいや、違う。それ以上だろう。

心で繋がっているんだから。

馬鹿にすれば馬鹿にされたと感じるに違いない。

月明かりで光る蒼い瞳は、それでもただ一点俺を見つめていた。



その瞳を見て、その宝石のような瞳を見て思う。きっと答えは見つかると。



──取り敢えず進むか。



数秒、目を合わせてから俺は再び歩き始めた。



別に、見る所も感動する所も無かったせいだろう、運ぶ足取りは軽く早い。その甲斐あってか、あっという間にノクタス目の前に辿り着く。



「──スゲェ……!!」



思わず心中を吐露するとはこう言った状況なのだろう。

何せ、目の前に建ち構える街は凄い。



街を囲うように高い壁が聳え建ち、正門であろう場所には兵士が数人、警備のためだろうか、立っている。開かれた門の先には行き交う人々と、そこから漂う香ばしい香りと賑わう音音。

冷静に、観察してしまう程に俺にとっては素晴らしい場所に見えて仕方が無い。



前に出る一歩は早く、地を蹴る足はより強く。俺の気持ちは既にノクタスに惚れていた。



門に近づくと、目が合った白い鎧を身にまとった屈強であろう兵士は頷き街の中へと促す。



”お疲れ様“、と言う敬意を含め一礼して街の中へと遂に俺は……!!



「すげぇな!?  お前もそう思うだろ??」



この興奮を共感すべく振り返る。俺を避けて行き交う人々を縫うように首を振り探すが、

「──居ないぞ!?  ん!?  どーなってる?  迷子か?」



──いや、そうじゃない。



共感できる訳がない。アイツは人見知りと言うか人が苦手。そんなチビが急にこんな激しい人通りを何食わぬ顔で来れるはずがない。



「たくッ……何処に行ったんだよ」



溜息混じりに来た道を引き返し、俺は先程の兵士に尋ねることにした。

なんか、兵士は話しかけられるの慣れてそうだし。俺も駅員に乗り口を尋ねる程度の軽い気持ちで聞けるような気がする。



だって、初めての世界で、見知らぬ人に話を何食わぬ顔でとか無理でしょ!!  だって言葉通じなかったら嫌でしょ!!



「あ、あのすいません」



「……」



──え?  シカト!?  何?  そんな壁があるの? 



兵士は横に居る俺を見るや否や、鋭い瞳で穿つなり、

「なんか言ったかね」



聞こえてなかったのか、俺そんな小さい声だったのか。

きっとこれは初めて見た兵士に若干……ほんのちょっと……雀の涙程度、ビビっちゃったに違いない。



意外と近くで見ると怖いし威圧感あるんだよな。誰だよ駅員みたいな軽い感覚とか言ったの。



──あ、俺か。

なんて気を逸らし、低い声にビビりながら、

「あの……此処にスノーウ……」



まずいだろ、流石に魔物の名前をそのまま口にするのは。彼らは街を守る兵士。となれば、放っておく筈がない。

俺は言葉を濁し再度、

「小さい子犬見ませんでした?  コレッくらいの」



おおよそのサイズを遠目で見てうる覚えな感覚で兵士に伝えた。



なにこれ、むっちゃ小さいじゃん。



ドーナツかよ!  恥ずかしすぎんだろ!



「ふむ……そんな小さくは無いが、あの擁壁の近くに居るのは違うのか??」



そう言いながら、兵士が指を差す先をナゾるように見てゆくと犬のようにお座りをしてコチラを見ているアイツが居た。



それに、やはりそんな小さくないですよね。つか、それなら突っ込んでくれた方が良かったよ。あんか真顔でスルーされると逆に恥ずかしい。とか何とか羞恥に悶えながら、



「ありがとうございます!」



と一礼をして、ヤツの元へと向かう。



俺が近寄ると距離を取り、立ち止まると止まる。そしてまた、俺を一点に見つめる。



「仕方ない、人通りが少なくなるまで此処に居るか」



それが今出来る最善の方法に違いない。街もスグそこ、魔物が襲いかかるなんて事もないだろう。

アイツを置いて一人だけ、なんて身勝手な事はできる訳がないのだから。ラハルにも言われたが責任がある。苦手、苦手じゃないを別に預かった命を放ったらかしには出来ない。



俺は、自分のその責任感に違和感を感じながら冬空で冷たい擁壁に腰を掛けながら座った。





それに、俺はアイツの過去を知っている。だからこそ、

「安心しろよな、俺は何もしないさ」



「……ラオォ……ーン」



まるで謝るかのように、弱々しく空に響かせる。その声は俺の鼓膜をスンナリと抜けて心地好い余韻を残す。



その音に浸るように俺は今日一日の疲れを身に染みながら瞼を閉じた。



****



***



**





「──っと!!」



なんだ、アイツとは違う声が……それに瞼の置くから見えるのは、物陰……?



まさか、

「魔物ッ!?────魔物!!」



「ちょっと、アンタ。確実に今、私を認識してから最後の言葉言ったでしょ?」



「あ、いや、すいません……。ほんの出来心なんです。なので、蛇のように睨みながら首元に剣を突き立てるのやめて下さいませ」



きっと今の俺は蒼白しきっていただろう。初めてだよ、生きた心地がしないって感じたのは。怖かったし恐かったし怖かったよ。



目の前で剣を突き立てた女性は溜息混じり柄を握り直し、鞘へと滑らせる。



「はぁ……まぁ、良いわ。アンタ死ぬ気なの??」



仁王立ちをながら呆れてると分かるほどジト目をしながら女性は言った。

しかし、俺はそんな事よりも女性の容姿が気になって仕方が無い。



鎧では無く、民族衣装はさながら、チャイナ服。腰に携えた鞘は金で、龍の彫刻施された長剣。首には二十センチ程の装飾品。



軽装備をし。黒髪ロング・勝気な瞳の目尻にはそれを緩和するように、神が授けたのか可愛らしい黒子が申し訳なくある。

見た目は俺と似た日本人のような感じだ。



スタイルも良く、若干露出がある衣装をなさっては年頃の男性は皆さん思考が回りません。注意してください。



「死ぬの?  そんな死んだ魚のような目で見て」



「え?  そんな目をしてた?」



「あら、ごめんなさい。普段もそんな目なのね……」



ちょっと!  それは元から目が腐ってるって事ですか?  なんですか?  貴女は剣以外に言葉でも人を殺める能力者か何かですか?



「まあ、いいわ。私は 鈴波千那『すずなちな』あなたと同じ異世界人よ」

細い腕を伸ばしながら、凛とした声で女性は言った。

なによりもビックリしたのは、

「なんで俺が異世界人と!?」

差し出した手を掴み、立ち上がりながら口にすると千那は手を口に翳し肩を揺らし指を差した。



「だって、アンタ、そんな格好してる奴ここには居ないわよ?」



馬鹿にされてるのは置いといて、確かにスウェットは目立つか。



と言うことは、あの兵士に若干睨まれた風に感じたのは……なるほど。



自問自答をし、納得していると、千那は柄を握り音を立てる。



その音に目をやると、

「アンタの名前は?」



ああ、そうか俺はまだ名乗ってもいなかったな。



「俺の名前は陸。真道陸」




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