2.瑕疵物件

文字数 3,062文字

曰く付きの物件って、やっぱり安いんですかって。
ああ、不動産を取り扱ってらっしゃるんですね。

そう。近ごろ、廃墟を巡るのが流行ってたりするでしょ。

そうだ、去年の社員旅行で訪れたところは、自分は知らなかったけど、そのむかし、有名な俳優がハネムーンで訪れた地として有名になったらしくて。

時代が変われば、ですね。近ごろの若い俳優はファンに遠慮して、そういうプライベートを明かさなかったりするものですが。

当時はプライベートも含めて憧れだったんでしょうかね。スクリーンの中の人という距離感といいますか。

まぁ、時代は過ぎて、一世を風靡したけど近年は廃れてしまったとかで。廃墟ツアーなんてものが企画されたこともあるなんて話しを聞きましたね。不法侵入して肝試ししている不届きな(やから)よりはましってことですけど。

何より危険ですからね。

確かにね。でも世の中には物好きがいますから。

だから、なにか事件の起こった部屋を内覧してみたいだけなのか、まったくそういうことは気にならずただただ相場よりも安い部屋に住みたいだけのか。

冷やかしで来る人もいるんですか。

そう。幽霊見たさにこられたらたまったもんじゃないですよ。ウチは借りてもらってなんぼですから。
ただね、その客はちょっと違ってたんです。なんていうか、……勘といったら漠然としすぎですが(笑)

わかりますよ。様々なバックグラウンドをお持ちのお客さまがいらっしゃいますけど、それでもここにやってくるいつものお客さまとは違う雰囲気、というのは感じることもあるでしょう。

そうなんだよね。名前と連絡先と、それからどのあたりの地域でどのくらいの価格帯でとか、簡単なアンケートを要求しても、とくに躊躇することもなくすらすらっと書き上げて。

うちに来た理由ってのが、ふらふらっとこの辺に住みたいなと通りかかったら、ちょうどよさそうなアパートがあって、そのアパートの柵に入居者募集の看板が出てたからっていうんだよね。

普通にありますね。
うちは満室でも、扱っている賃貸物件には宣伝かねて入居者募集と書かれた看板は外さないから、もちろんそういうことはかなりある。
だけどさ、そのアパートっていうのが、ちょっと前に事件が起こった物件で。
それは偶然ですかね。

そう思うよね?

事件が起こった部屋はもちろんだけど、凄惨な事件だったから同じアパートにいたくないとか、マスコミも取材に来たりとかして、出て行った人もいるわけ。だから、6部屋中、3部屋空いてたの。

気が重かったけど、物件情報を見せないわけにはいかなくて。事件が起こったのは2階の角部屋でさ、隣の真ん中の部屋よりも安い賃貸料で。

それで『曰く付きの物件って、やっぱり安いんですか』と?
そう。こういうのを心理的瑕疵(かし)といってね、借りる前にそんな話し聞いてなかったからキャンセルしたいとか、トラブルにならないように説明しておく必要があるんですよ。
人によって感じ方が違いますものね。
たくさんの遺骨が埋葬された墓地のすぐ隣で、窓から線香の匂いが漂ってくる距離でも平気だけど、人が亡くなった部屋はいやとかね、ほんと、人それぞれですから。
本当は気にしていなくてもモンスターなお客さまだったら……
困るよね。どういう客かもわかんないからさ、もちろんはじめにこちら側から進んでいうものでもなくて。この部屋に決めそうだなって時まで極力いわないの、俺は。あれこれ話しすぎて妙な噂が立つのも困るから。最近じゃネットで拡散されてあっという間でしょ。

そっちのほうがある意味恐怖です。

――それで、その方は契約なさったのですか。

いや、しなかったどころか、内覧も希望しなかったんですよ。
それではほかの部屋に?
いや。あとは、あのアパートもおたくの物件だよねって、2件ほど確認をされて。
そこも瑕疵物件で?

いえ。まったく。ドラマじゃあるまいし、そうそう続けて近隣で凄惨な事件は起こらないよ。

なんの関係があるのかこっちが尋ねたいほどだったね。記者が身分隠して取材に来たにしては、事件について根掘り葉掘り聞いてこなかったし、もうちょっとうまいやり方をするものじゃないかなって。だからメディア関係者ではないと思うんだよ。

ほんと、何者だったんだろう。

事件というのはひょっとして――こちらから海を渡ってほど近いところで起こったあの事件ですか。
うん……そう、ニュースとかワイドショーで騒いでいた、あの事件ですよ。
事件のことについてなにか知りたかったのは間違えないでしょうね。
犯人なのかな……
ということは、いらっしゃったのは男性ですね。

そう! そうだよ。あの事件の犯人といったら男しかいない。

まさか下調べじゃないよな。そんな大胆なことするわけないし、だいたい下調べって(笑)得られるのは間取りぐらいだ。

もしかして、もう事件が起こった後なのでは?
まさか……まだ、その……遺体が発見されてないなんてことが?
いえ、そうではなくて。性犯罪ならば、常習性があって、近隣で続けて起こってもおかしくはありません。実際、そのような被害に遭われた女性のことがちらほら報じられていました。お気の毒に、最後の女性はエスカレートしていった末の悲劇となってしまったのかもしれません。
その被害に遭った女性が、ウチで管理しているアパートの住人じゃないかって? そんな偶然ありえるか、っていうか、犯人しか知り得ないような情報をさらしにくるかね。
そのお客さまは、偵察にきたということも考えられます。
偵察って……犯人がなにを探りに来たんだ?
むしろ、わざと情報を与えに来たように思えてなりません。
どういうことだ?

そのお客さまはご自身で必死に事件についてお調べになったのでしょう。

これは偶然なのだろうか――。ひとつの可能性について確認せずにはいられなかった。偶然関わっていた不動産会社に、この情報をもたらしたときの反応を。

ちょ、ちょっと、俺が犯人だっていいたいわけ?

いいえ。おそらく、いらしたお客さまも反応を見て違うと思ったはずです。

それに、犯人であるなら、ここでつまびらかにお話しすることもないでしょう。

そりゃそうだよ。俺じゃないし。

ですから、こうやって誰かにお話になることを望まれていた。

私よりも……そう、同僚の方に。

え……。

社内でこのお話しが噂となり、もし犯人が耳にして、そのみょうなお客さまとコンタクトを取ってみたいと行動を起こそうとするなら……。

そのお客さまはアンケートを書かれましたね。名前こそ偽名でしょうが、電話は繋がるかもしれません。

いやいやいや、ちょっと飛躍しすぎで。
ええ、憶測に過ぎません。

ですが、そのお客さまが被害者のご家族、あるいはお付き合いされていた方だとするなら、どんなことでもされるでしょう。相打ちをも覚悟で乗り込んできたのなら、とても危険です。

同僚の方にこのお話しは?

まだしてません。

ならば、同僚の方に探りを入れるのも同様に危険です。

事件の被害に遭われたすべての女性に、同じ方がアパートを斡旋したのだとするなら、やはり事件と無関係とは言いがたいでしょう。

スペアキーを悪用しないとも限りませんよね。

ええ、まぁ……。

でも、どうすれば……。

真剣に聞いてもらえるかわかりませんが、警察に相談なさるのがよろしいかと。同じような事件がまた起こってしまったら、寝覚めが悪いというものです。

いや……そっか、はぁ……どうすれば……。

すいません、もう一杯、なにか強いお酒を。

はい、こちらはいかがでしょう。
用意がいいね。こうなることをわかってたということか。
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