銀の象に乗って [吉祥寺]

文字数 1,599文字

 なにがなんでも終わり。井の頭線の吉祥寺駅は引き込み線も何もなく、どうあってもここで線路は終わりだという終着感を見せる。終端は起点でもある。井の頭線はここから始まり、ここで終わる。吉祥寺駅はユザワヤに半分飲みこまれている。このユザワヤは魔窟のようなもので、ひとたびその領域に足を踏み入れてしまうと方向感覚を攪乱されて自分がどっちを向いているやらわけがわからなくなる。

 中央線の北側が再開発されはじめ、どうも雰囲気の違う店が増え始めた。そんなことを感じたのは1990年代の終わりぐらいだったろう。アーケードからは古い時代の商店街っぽい店がひとつまたひとつと姿を消し、代わりにカタカナの名前のついたカフェスタンドみたいな店が増え始めた。

 北口を西の方へ進むと、とたんに雰囲気が変わる。変わっていく街並みがパルコで堰き止められているみたいに、中道通りや昭和通りを北西へ進めば落ち着いた街並みが守られていた。行く中道通りと昭和通りの間には、はしごのように細い通りがいくつも渡っている。それぞれの道は車一台がやっと通れるほどの幅しかなく、一本おきに向こう向きとこっち向き、それぞれ一方通行だ。

 そんな細い道の一つに、おれたちが根城にしていたライブハウス、シルバー・エレファントがある。東京のライブシーンでもひときわ珍しい、プログレッシブ・ロックに特化した箱だ。楽屋なんか細長いうなぎの寝床みたいなもので、ステージへ行くには客席を通るしかない。そんな小さな箱だけれど、プログレ専門なもんだからその道じゃ一流のプロも出演していた。プロだろうと関係なくその細長い楽屋だし、客席を通ってステージへ行くんだ。おれたちはプロも素人もなく、銀の象の背中の上で、プログレっていう絆で繋がっていた。

 駅前で変わっていく街を他人事のように見ながら、おれは誇り高い象に乗ってその象を信じて集まる仲間たちとつるんでいた。

 やがて中道通りや昭和通りにも場違いなガラス張りの建物が建ち始め、横文字のテナントがこぞって入り始めた。同時に、パルコから溢れ出た洒落た連中がはしごの中にも入ってくるようになった。世間じゃほとんど誰も聴いていないプログレなんて音楽を象の背中で演奏していたおれたちは、ずっとその町にいるのに、いつしか場違いなものになっていった。
「東京ってのはどこ行ったって多かれ少なかれこうだな」
 おれが言うと、年上のドラマーが「ああ」と返した。
「場違いなものがひとつやってくれば、一気に似たようなものがどっさりできる。かくして古くからいたものが場違いになる」
「ああ。なにが来ようと変わらないのはプログレだけだ。最初からすみっこだからな」
「間違いない」
 泥水みたいな缶コーヒーをすすりながらきらびやかなビルディングを見上げておれたちはぼやいた。誇り高き象は三~四階建てのビルからも見下ろされ、色あせて見えた。
「なあ、なんで銀なのかな」
「なにが」
「この象だよ」おれは顎で店の入口の上に貼り付けられた店名を指した。
「金だったらいつまでも耀いてるわけだろ。なんでゴールド・エレファントじゃないんだ?」
 おれが続けると、一緒に見上げていたドラマーは咥えたばこのまま言った。
「慎ましいのよ、銀は。使ってりゃ黒ずんでくんだろ。見ただけじゃこぎたねえ何かかもしれないけどよ。それでも貴金属なのよ、紛れもなくな」
「なるほどね」
 急にドラマーはおれの胸に拳を突き付けた。
「ここに、あんだよ。銀の誇りがよ。あんだろ、おまえのここに。だからおまえはプログレなんかやってんだ。そうだろ」
 自分の内側にあるのがそんなたいそうなもんなのかどうかはわからなかった。でも黒ずんでても貴金属っていう、その銀の誇りってのはなんだか気分がよかった。

 おれたちの象は、2020年の今でもまだ同じ場所に立っている。だいぶ黒ずんじゃいるが、誇りは、少しも失っちゃいないんだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み