ブルー

文字数 3,905文字

 気がついたのはお昼だった。

「気付いた?」

 ツグミが火にかけていたナベからココアに似た飲み物をカップに入れて、セッカに手渡してくれた。

「私もちょっと前に起きた所なの」

 ツグミによるとセッカはあと十mくらいという所でアイリスに助けられたらしい。その前にツグミも倒れ込むように上陸したところをトキに助けられていたようだが、気だけは失わなかったそうだ。二人はすぐさま安全そうな場所を選んでセッカたちを運ぶと、火をおこして交代で見張りについていてくれたらしい。ツグミが目覚めると、今度はどこかへ出かけて行ったようだと話し終える頃に二人は帰ってきた。トキの手にはタヌキによく似た獲物が握られていたし、アイリスは薬草を採ってきてくれたらしい。
 セッカは二人を本当に尊敬している。
 特にトキはこの世界に来た時から今日まで、ずっと頼りにしていた頼もしい兄貴みたいなものだった。ツグミは優しいお姉さんだったし、ノスリは楽しいケンカ友達だ。エルフのアイリスは何でも知っている先生のようでもある。
 彼らはタヌキ汁を作ってくれた。薬草を使ったスープは体中に染み渡るように広がり、昨日の疲れを一気に取ってくれたようだ。食事が終わると、いよいよミサゴを助けに出発する事になる。

「ノスリ、勇気の剣は手に入れなくても大丈夫かな?」

 ゲームでいうとラスボスとの戦いだ。最強の鎧は着ているけれど、伝説の武器を持ってはいない。

「勇気の剣はいらない」

「え?」

「勇気の剣はブルーを使ってヒレンジャク・キレンジャクを封印するのに使ったって、オジロが言ってたお」

 アイリスが言う。

「やつらを封印するのに使われていたのがその剣だとすれば、封印を解くために破壊されたと考えるのが自然だ。もしあったとしても、剣の封印を解けるほどの魔術師であるオオジュリンには君の持っている剣以上の効果はないというのが私とトキの結論だ」

「そうか…じゃあ、出発しよう!」

 決意に満ちた瞳で力強くそう言ったセッカの目を、ノスリはうさんくさそうにのぞき込んできた。

「場所、判ってんの?」

「なんとなく。ミサゴの声が聞こえるんだ」

 今ではぼんやりとだけれどもミサゴの姿も見えていた。集落の遺跡のような所の広場の中でなにかの儀式をするための祭壇(さいだん)がもうけられていて、その上にはりつけられているミサゴの姿が。

「それなら場所知ってるど、オジロの最期に戦った先住民の街だ」

 そう言ったノスリを先頭に、冒険者は隠れる事なく再び歩き出した。敵は千里の眼を持っている。今さら隠れて行動しても意味がない。太陽が傾き出し五人の影が自分よりも長くなった頃、彼らは遂にミサゴを見つけ出した。

「ミサゴ!」

「あの子が」

 ツグミが用心深く魔法の眼でぐるりと遺跡の様子を探る。

「ダメ。何も見えない」

 敵は魔術師オオジュリン。判っていた事だったがくやしさは隠し切れない。

「堂々と正面から行こう。三人でセッカを守るんだ」

「オーラを忘れるなよ、トキ」

「みんな…ありがとう」

 五人はセッカを中心に後ろをトキが守り、右側をツグミが左側をアイリスが守る。ノスリはセッカの肩に乗って針の剣を構えている。
 広場までは何事もなかったが祭壇の前までたどり着くと、しわがれた声が広場全体に響き渡る。

「よく来た。ブルーの発動者」

 その声が合図だったように建物の陰からは食人鬼が、地面からは動く死体が次々と出現する。
 戦闘開始だ。
 ツグミが恐怖をこらえて十㎝程の先の尖った木の棒を魔法で燃やし、死体に投げる。ゾンビもミイラも次々に魔法の炎に包まれて本当の死を迎える。アイリスがツグミの加勢にと、火の精霊獣サラマンダーを召喚する。燃える死体を包む炎の中から炎で出来たトカゲが現れ、口から炎を吐き散らす。近寄ってきていたガイコツがその炎にまかれて支えを失ったようにバラバラに崩れ落ちる。トキはアイリスと一緒に作りためておいた竹矢の先にいつもは絶対に使わないトリカブトなどの毒薬を塗って放つ。「カンッ」という心地よい音と共に放たれた矢は、狙い違わず百発百中の精度で大小様々な食人鬼に突き刺さる。アイリスも、水筒の中の水を小さな弾丸のようにして食人鬼に撃ち込む。
 セッカはそんな三人に守られながら、ゆっくりとミサゴに近付いて行く。と、キラリと何かが光ったかと思うとその光が尾を引いてセッカの胸を刺す。

「あ!」

「セッカ!」

 ツグミが叫び、トキが振り返る。

「大丈夫」

 セッカはミサゴを見上げて強く大きな声で言った。攻撃は魔法によるものらしい。まっすぐ心臓を狙って撃ち込まれた魔法の矢は、革の鎧では防ぎ切れなかっただろう。しかし、龍のウロコで作られた鎧は魔法の矢を通さない。丈夫さでいっても、金属で出来た鎧より硬いだろう。ちょっとやそっとの攻撃じゃ、傷一つ付ける事は出来ないように思える。

「いまいましい」

 そう言いながら祭壇の上に魔術師が現れた。深いシワが顔中に広がっている男で、ボサボサの髪もヒゲもオレンジに近い茶色をしている。幸いといえるのかどうかは知らないが、龍の牙はどこにも見当たらない。そのかわり手にはワイングラスのような金色の杯を持っている。

「お前がオオジュリンだな!」

 セッカは魔術師を睨みつける。

「貴様が地球から召喚された救世主よな」

「セッカ…」

 今にも消えてしまいそうなか細い声が耳に届く。いつも彼の耳の奥で聞こえていたミサゴの声だ。

「ミサゴ。待ってて、今助けるから」

 祭壇前にたどり着いたセッカは、大きな深呼吸をする。鎧から発せられていた青白いオーラが大きく膨れ上がり、それに呼応するように聖杯が共鳴する。
 オオジュリンは素早く呪文を唱え出す。

「トキ、アイリス、逃げて!」

 呪文の内容に気付いたツグミが叫ぶと、弾かれたように三人は散開する。その直後に太い閃光がセッカに落ちた。空気まで吹き飛ばすような衝撃の中、青白いオーラに包まれたセッカがオオジュリンをにらみ返す。魔法の雷撃の中、セッカが横に一閃長剣を振り払うと雷撃は瞬時にその力を失った。

「セッカ…」

 囚われのミサゴが弱々しく顔を上げる。ヒバリによく似た大きな目はやつれて落ちくぼんでいるし、頬もげっそりこけている。本当ならばキレイな朱色なんだろう唇も、血色が悪くてひび割れている。

「許せない。こんなひどい事するなんて、許せない!」

 セッカの怒りに呼応するように青白いオーラが赤みを帯びる。それを見たオオジュリンの唇のはしがニヤリと上にあがる。

「セッカ、怒っちゃダメだ」

 ノスリがセッカの目の前を飛び回る。けれども頭に血が上ったセッカにはオオジュリンしか見えないようだ。オーラから青い輝きが消えようとしている。ノスリは意を決して、セッカの頬に針の剣を突き立てた。

「痛っ!」

「怒るなセッカ、ブルーが消滅しちゃうだろ」

「え?」

 セッカの興奮が我に返っていくらか収まったのだろう、赤みが薄まり青みが戻ってくる。それを表情をゆがめて見ていたオオジュリンは、これも素早く呪文を紡ぐ。

「ノスリ、危ない!」

 アイリスがまだ雷撃の衝撃で起き上がれない体を無理矢理動かし、ありったけの水でノスリの前に壁を作る。間一髪で魔法の矢の前に生まれた水の壁がノスリへのダメージを受け止める。

「ノスリ、大丈夫?」

 セッカが慌ててノスリをつかんで引き寄せる。

「祈るんだど。平和を。オジロがそう言ってた。ブルーは正義の力じゃないんだって、平和の力だって言ってたど。オーラにはよく意味が判んないけど、怒るのは絶対ダメだって事だ。判るか?」

 危機一髪で助かった興奮からだろう、いつもより高い声で猛烈な勢いでまくし立てるノスリの言葉に何かを感じたセッカは、ゆっくりうなずくと目を閉じて考える。鎧のオーラは再び青白い光を放ち出した。



 正義の力と平和の力は、同じじゃないのか?

 違うとすればどう違う?

 正義って何だ?

 平和ってなんだ?

 どうして、オジロはヒレンジャクとキレンジャクを封印したんだろう?

 すごく悪い奴なのに、どうして殺さなかったんだ?



 セッカは深く、深く自問自答を繰り返す。
 衝撃から回復したトキは再び矢をつがえ辺りに気を配る。アンデットの類いはもう残っていない。ツグミとサラマンダーの炎ですべて昇天したようだ。魔法によって操られていたのだろうが、これからは安らかに眠ってもらいたいものだ。そのサラマンダーは雷撃の力に吹き飛ばされてしまったのだろうか? 姿が見当たらない。いや、火の気さえ残っていない。食人鬼はといえば、毒によって倒れているのや水弾によって倒れているものが多数転がっている。生き残っているものはと目配りしてみたが、気配も遠い。おそらく雷撃の威力に恐怖して、逃げてしまったのだろう。
 とすれば、残っている敵はオオジュリン一人という事か。トキは油断なく祭壇の上のオオジュリンを見つめる。
 ツグミもアイリスもなんとか衝撃から立ち直ったようだ。
 と、その時だ。
 セッカを取り巻いていた青白いオーラが、深く落ち着きのあるブルーに変化した。
 セッカがカッと目を開け、一声叫ぶ。

「オオジュリン!」

 呼ばれたオオジュリンは雷に打たれたような衝撃を覚え硬直した。

「これが僕のブルーだ!!
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