セリフ詳細
去年の夏は暑かった。
朝、はりきってウォーキングして具合が悪くなって自信喪失。暑い日中は部屋で退屈していた。
これが、自分ひとりだと天国なのに。
好きな音楽をかけ、下手なピアノを弾く。ドラマや映画を観てウトウト、思いついたら執筆。
ところが、退職したじいさんがいる。
早朝バイトをしているが、5時からだから、10時前には帰ってくる。(お疲れ様)
それからは、狭いマンションでジトーっと一緒にいる。テレビはずっと点いている。
もう、四半世紀前、子どもたちが習っていたピアノを辞めた。それと入れ替わりに、私が習い始めた。
聴くのは大好き。子どもに上達して欲しいから、そばで見ていて、楽譜も読めるようになっていた。
習えば実力よりはるかに難しい曲を弾きたがる。ベートーベンの『月光』の第1楽章とか。
発表会に出ることになり、左手のオクターブも届かないのに頑張った。
夏が来ると思い出す。あれほど頑張ったことは受験以来なかった。
子どもたちにも言われる。夏が来ると『月光』を思いだす、と。おかあさん、よく弾いてたよね、と。
開かなかった左手が開くようになる。
発表会当日は、上がってラストを2度繰り返してしまった。焦ったが、先生以外には気付かれなかった。
あれから十年以上習ったのに、そのあとも弾いていたのに……
なにが弾けるの?
暗譜で弾ける曲はない。
今年はほとんど鳴らしていない。
弾かない日が続いている。
また挑戦してみようか?
1曲だけでいい。これだけでいい。
あんなに頑張ったあの曲だけは、もう1度弾けるようになりたい。
【お題】 受験勉強だけの夏、だと思ってた