27)ブリコラージュとドリーミング

文字数 1,673文字

 民族学が研究対象とする神話や呪術、民話などを

分野があります。
 代表的なものがフランスの比較文化人類学の権威、クロード・レヴィ・ストロースが「野生の思考」で提唱したブリコラージュ
 ひとつの文化を共有する集団単位-

-で共有されたエピソード(史実や事実)、人物、生き物などの情報が、コラージュ(継ぎはぎ)され、ひとまとめにされて世代間で伝達される古くからの人類共通のコミュニケーション方式のことを指します。

 オシラサマ伝承(第25章)をブリコラージュで考えるとまず、『集落』を舞台にした『父』『娘(童子)』『馬(男性)』が登場する『婚姻』『断ち切り』『昇天』『お知らせ』のエピソード、という構成要素に分解できます。
 そして、男性で蝦夷文化を担う旧世代のシンボルとしての『父』と、女性で新世代のシンボルとしての『娘』を対立させた図式に、ヤマト文化の伝道者としての『馬(男性)』を登場させ、娘が馬を選ぶというストーリー展開です。

 もうひとつ、オーストラリアの先住民族アボリジニの研究の大家、久保正敏氏(民族情報学、コンピュータ民族学、国立民族学博物館名誉教授)が提唱したドリーミングという考え方があります。(写真↓:ドリーミングの展示パネル。国立民族学博物館。現世界と精霊世界が存在し、儀礼祭式を通して精霊世界に存在する祖先たちの記憶を暗示夢見で降ろす。)


 アボリジニのほか、カナダやアメリカ先住民族の部族単位の精霊創世神話と共通して、縄文を継承したアイヌ文化にも見られます。
 現世界の側で、儀礼や夢見暗示を行うのが霊媒師としての役割をもった男性や巫女になります。
 この考え方を適用すると、言語圏的に蝦夷は縄文文化を継承していますので、巫女が唱えるオシラ祭文と神仏おろしや口寄せをひとつのドリーミングと考えることができます。

 このような解析手法をベースに、私はオシラサマ伝承が構築された時期と場所と背景-

-も含めて『馬は仏教』と解釈しました。
 乗馬する武人とともに到来したヤマト文化を受容することに対して、古神道を奉じていた蝦夷文化世代がさらされた強烈なストレスと言い換えても良いでしょう。
 (写真↓:脛巾(はばき)から下、足元が神秘化され人頭馬身として描かれた征夷大将軍・坂上田村麻呂。菊池容斎『前賢故実』。ブリコラージュの一例として)


 ただ、新しい文化や信仰を受け入れることで、養蚕(ようさん)機織(はたお)りといった娘や女性たちの新しい実入りの手段がもたらされるという福音(ふくいん)(オシラセ)でもあったということです。

 オシラサマ伝承は、日本の中世・近世を通じて、神道や仏教などの宗教が埒外(らちがい)として(にな)わなかった世俗的で雑多な信仰のブリコラージュであるため、馬と娘の婚姻など、たいへん異様な話になっています。
 この種の話の作られ方は、童話や、例えば遠野物語のような地域伝承でも同じで、特に珍しいことではありません。むしろ人類共通、世界共通と考えるべきかも知れません。

 本著は隠されたアラハバキ信仰の姿を再構築することですが目的ですが、オシラサマ伝承(オシラ神信仰)だけでそこに到達することは容易ではありません。まず、伝承(祭文)が創作された時期が不明ですし、伝承の内容にも多数のバージョンがあると想定されるからです。特に創作された時期がある程度特定できないと、あらかたの解釈はできても、歴史考察としては不十分です。

 そこで、次章以降では、オシラ神信仰と関連性が高く、時期がある程度判明している真言密教(三面六臂)の馬頭観音(第25章)、養蚕信仰の各線から解を求めるアプローチをしてみたいと思います。
 馬頭信仰は、聖徳太子信仰や、日本書紀の神話と関係が深く、農村での稲荷信仰とも深くかかわっています。
 養蚕信仰は、出羽信仰に繋がる小手姫伝説、蚕虫(かいこ)を白い虫すなわち白蛇とする古い信仰、繭玉を狙うネズミを退治するところからの狐の稲荷信仰、などとの関連が考えられます。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み