メタモンの卵

文字数 1,644文字

「ポケモンのゲームボーイ版に『そだてやさん』ってあったじゃない。ポケモンを預けておくと勝手にレベルアップしてくれる場所」
 なぜ彼女はこんな話をしているのだろうと思いつつも、自分もポケモンの話を続ける。
「そうそう。ポケモンの卵が出来たりするんだよね」
「メタモンと一緒に預けると、オスのポケモンでも、卵出来たよね」
 彼女との初めてのセックスの、それも人生で初めてのそうした出来事のあとであるにも関わらず。それでも自らポケモンの話題を広げてしまう。
「メタモンってどんなポケモンだったっけ」
「紫色のスライムみたいなポケモンで、『へんしん』って技を使うと、対戦相手のポケモンとそっくりの姿形になっちゃうポケモンよ」
「思い出した」

 その後会話も無く、お互い無言で着替えると、彼女は終電で帰った。最寄りの駅まで送った帰り道、やはりメタモンの話などせず、ちゃんと男女の会話をすべきであったと考えたが、ああいったタイミングでの「男女の会話」というもののほうがわからなかった。少なくとも「メタモン」という単語は登場しないはずである。
 家に戻り再びベッドに横たわると、彼女の温もりがかすかに残っているような気がした。拍子抜けするほどつつがなく終わった初めての房事を思い起こそうとしたが、メタモンのことばかり頭に浮かんだ。そんな自分が情けなかった。

 どのポケモンだったかは覚えていないが、オスのポケモンとメタモンを、卵欲しさに『そだてやさん』という、ブリーダーのようなキャラクターに同時に預けた記憶がある。本来であればオスとメスのポケモンを同時に預けることで、メスのポケモンと同種の卵を得ることが出来るのだが、擬態の上手いメタモンには性別が無かった。メタモンとつがいで預けると性別とは関係なしに、もう片方のポケモンの種の卵を得ることが可能だった。

 20年以上前のことだ。いかにして動物が生殖活動をし、生命が誕生するか知らなかった自分には思い浮かばなかったことが、今は脳裏に浮かぶ。卵があるということは、ついさっきまでの自分と彼女のような関係があったということだ。もしもセックスをし、自分の子供を生み出した相手が、実のところメタモンであったなら。上手に擬態をしている薄紫のポケモンだとしたら。
 フランツ・カフカの小説『変身』では、主人公が目を覚ますと巨大な虫と化していた。初めて読んだ際には恐れおののいたが、今ではそうした自分を受け入れられる自信があるように感じた。しかしながら恋人の変容は、今の自分ではまだ受け止められないのではないかという、不安が湧き出し続けた。裸で抱きあった相手が、もしも自分の知らない未知なる存在だとしたら。『へんしん』を器用に使うスライム状のポケモンだったら、自分は恋人を受容できるだろうか。
 妙な妄想にかられた頭を鎮めるべく、今日は眠りに就くことにした。部屋の電気を消すと同時にスマートフォンの画面が光り、アプリが受信した彼女からのメッセージを表示した。



「本当は私はメタモン」







「の話より、もっと別な話をしたかったんだけど、最後に変な雰囲気にしちゃってごめんね。私も初めてだったから、何を話したらいいかわかんなくて」
 ここまでスマートフォンで入力したところで、電池が切れてしれてしまい、彼氏に続きのメッセ―ジを送信できなかった。終電は各駅停車なので、このぶんだと自宅に戻って再度充電器にスマートフォンを繋げるまで、小1時間はかかるだろう。明日の朝、直接電話しようと決意し、座席に持たれて眠ることにした。
 なぜ自分は初めての房事のあとで、メタモンの話などしたのだろう。そんな後悔が渦巻いた。初めてのセックスを、むしろ何の障壁もなく出来てしまったことに動揺していたし、相手も同じように動揺していた。そういった意味では似た者同士のカップルなのかもしれない。
  

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