作品数4
総合評価数8
総合PV数1,723

作者ブックマーク

活動報告

立ち飲み酒場。

 暖簾を頭で払って白髪男が入って来た。
「いらっしゃい。また、久しぶりじゃないですか。」
 前垂れをした酒屋の主人が目を細めて、男を観察していた。
「何を呑まれますか。冷でよろしいですか。」
 無言で店内を懐かしそうに見まわしている男に酒屋の亭主は催促するように言った。
 先客の立ち飲み客は日頃、見かけない風体の男を探るるようにして見ていた。
「おでんの大根と酒。」
 白髪の男はポツンと言った。
「もう、何年くらいになりますか。商売を止めはってから。」
 店主はこう言いながら、カウンターにコップを置き、冷酒を注いだ。小皿に湯気の立った大根を出しながら、「四百五十円です。」と値段を告げた。立ち飲みの場合、金は先払いになる。
 男はポケットを探って、金を払おうとしたが、財布は出てこなかった。次にズボンから小銭入れを出して掌に有り金をのせて金額を数えていたが、「足らんな。」とぽつんと言った。
 すかさず、店主はこう言った。
「今日は宵宮ですさかいに、この祭りの籤を引いてください。当たったら、飲み代はただですわ。」
 白髪の男はニコッと頬を緩めて、籤を引いた。
「ご主人当たりですわ。酒一杯とおでん無料でっせ。」
 他の客は不審な顔をした。「おやっさん。わしらにも籤を引かせ。」という者もいた。
 白髪の男が帰った後、あの人は店の隣で商売していたが、十年も前に夜逃げした人なのやと言った。どこかで路上生活をしていると聞いたのやが、祭りを思い出して、寄ってくたのやろう。籤は嘘や。わしの奢りや。みんな悪く思わないでくれと客に手を合した。

2017年 01月09日 (月) 18:18|コメント(0)

コメントはありません

ゴマ塩にしんさんの作品タグ

タグはありません